俺と気持ちの爆発12
夜中の二時。別に何をしていたわけでもない。俺はベッドに横になって、動画投稿サイトで「あなたにおすすめ」と推されたお笑い系動画を永遠に見ていた。よすがは俺の机で本棚にあった適当な小説をずっと読んでいる。特に会話もせず何をしているのかというと、一言でいえばまぁ時間を潰しているのだ。
直接話し合ったわけではないが、今日中に幽霊が戻って来るだろうという考えで俺もよすがも意見が一致していた。一応男性である俺の部屋に泊まることをよすがが多少気にしているし、幽霊だって大名の部屋で一夜を明かすことはないんじゃないかと思っている。つまり俺達の予想では、幽霊はここに帰ってくる……はずだ。
「遅いな、あいつ」
面白そうな動画をあらかた見尽くして、イヤフォンのせいで耳が痛くなってきた頃、俺はそう呟いた。よすがは半分だけこちらに顔を向けてそれに答える。
「そうですね。戻っては来ると思うのですが」
「ああ、俺もそう思ってたけど」
明日は土曜日で、俺の予定は昼からのバイトしかない。だからまぁ、今すぐ寝る必要はないのだが、いったいいつまで待ったらいいのかという憂慮があった。
「お前いつも何時頃寝てんの?」
「瑞火様に合わせて寝ていますが……この時間にはだいたい寝てますかね」
「へぇ。あいつけっこう早く寝てるんだな」
「瑞火様はバイトもされてませんし、特に趣味もないようですから」
まるで馬鹿にしているようなセリフだが、実際にそうなんだろう。ついでに言うと友達もいなさそうだ。まぁ俺も似たようなもんだから人のこと言えないが。
「お前明日は久能木まで行くつもりなんだろ。何時に寝るんだよ」
「特に考えてはいませんでしたが、何時でも構いませんよ。上で仕事をしていた時も睡眠時間が短い日はけっこうありましたし」
「そうか。まぁ俺も何時でも大丈夫だけど」
お互い自然と無言になり、よすがは視線を小説に戻すと読書を再開した。俺はもう動画は見飽きていてイヤフォンをする気になれず、よすがに背を向けるように身体の向きを変えると目を閉じた。しばらくすると蛍光灯の眩しさから開放された両目が眠気を主張してくる。あ、このまま寝そう……。
「朝波氏」
一瞬空耳かと思ったが、名前を呼ばれてハッと振り返る。よすがが先程のように半分だけこちらに顔を向けていた。
「もう寝ますか?……眠そうですし」
「いや、でもお前向こうに帰るだろ?」
「江戸川様も戻って来ませんし……。あなたは明日バイトがあるなら寝た方がいいです」
よすがはそう言うと、本をパタンと閉じて立ち上がった。そのまま本棚の元あった場所にそれを片付け、こちらを振り返った。
「江戸川様はこの布団で寝てらっしゃるんですか?」
「あー……、まぁそうだけど……」
俺とよすがの視線の先には、丸めるように畳まれてぐしゃぐしゃになった敷布団があった。うーん、幽霊が寝るには気にならなかったけど、レディに勧める布団ではない気がする。
「お前こっち使うか?何かそれ、むさ苦しいし」
「江戸川様が使われた布団をむさ苦しいとは言いませんが……。私はこちらで構いませんよ。あなたのベッドなんですから」
「いや、いいよ、こっちで寝てくれ。なんかさすがに客を寝かせる布団じゃねぇわそれ」
「そうおっしゃるならそちらに失礼します」
俺がベッドから降りると、よすがはのそのそとベッドに上がった。俺は丸まっていた布団を敷き直して、人間が寝れる状態にする。ベッドの上を確認すると、よすがが腰から下だけ布団の中に突っ込んで、足を伸ばして座ったままの状態でこちらを見ていた。よすがに寝る準備が整っていることを確認すると、俺も布団に入って天井から垂れ下がっている電気の紐を握った。
「んじゃ、寝るか」
よすがが頷いたのを合図に電気を消して、真っ暗で何も見えない中それぞれもぞもぞと布団に潜る。よすがもさっさと寝ることに専念しているらしく、特に話しかけてくる様子はない。床に敷かれた布団は硬いが幽霊のうるさいいびきもないし、今日はぐっすり眠れそうだなと考えながら俺も目を閉じた。
たぶんキリギリスなんだろうけれど、外でギースギース鳴いている虫がうるさい。扇風機をつけてはいるが、夏の一歩手前のこの時期は少し寝苦しさを感じた。そろそろ冷房をつけないと蒸し暑くて眠れなくなるだろう。
キリギリスの鳴き声と扇風機のファンの音、それから時計の秒針の足音が奏でる三重奏に耳が慣れてきて、そろそろ眠りに落ちそうだと感じた時、でかい声が俺の意識に割り込んできた。
「ただいまー!戻ったぞー!」
俺とよすがは同時に飛び起きる。壁を突き抜けて駆け込んできた幽霊は、俺とよすがを交互に見やる。
「場所交代したんだな!」
「お前っ、遅っせぇんだよ!もう寝るとこだったぞ!」
「すまんすまん、大名と話し込んでて」
幽霊はヘラヘラ笑いながら頭をかいて、次によすがに声を掛けた。
「起こして悪かったな、よすが」
「いえ、とんでもございません」
よすがはサッと布団から出ると、そのままベッドの上に正座をした。耳の横の髪が一房だけハネているのが面白い。
「あ、寝間着和輝に借りたんだな。かわいいな、似合ってるぞ」
「えっ」
「えっ」
俺とよすがが同時に声を上げ顔を見合わせた。そんな俺達を幽霊が不思議そうに眺める。俺に向けられているよすがの眼差しがだんだん蔑みの色を含んでいった。こいつ何でそんなこと言うんだよ。これじゃさっき「似合わない」って言った俺が人でなしみたいじゃねーか。




