俺と気持ちの爆発11
「あなたの誤解を解いておかないといけないと思いまして」
「ん?」
パツンと切りそろえたオカッパ頭にドライヤーをかけていたよすがは、それが終わるなりこちらに向き直ってそう言った。髪乾かす時まで正座なんて大変だな、なんてどうでもいいことを考えていた俺は、ベッドで仰向けになってスマホをいじっていたところだ。どうせたいした話じゃないと思い、視線を画面から外しもせず生返事を返した。
「夕方の話です。もう忘れたんですか?」
「夕方?……ああ、お前があいつを好きだって話か」
「違います。そうなんですけど、違います」
「別に本人にバラしたりしないから全然言ってくれてもいいのに」
「あなたの可哀相な脳みそで理解できるまで説明して差し上げるのでしっかり聞いてくださいね」
「はいはい」
俺は仰向けの体制からゴロンと横になった。こちらを向いて正座をしたよすがが真横になって視界に映る。俺の左手にはスマホが握られたままだったが、あんまりお座なりな態度を続けるとよすがが怒るので、せめてもの気持ちでロック画面に戻した。
「お前洋服似合わないなぁ」
いつもの天使の衣装は夜中のうちに洗濯する予定なので、風呂から上がったよすがには俺の部屋着のスウェットを着てもらっている。普段和装だからなのか、それともよすがの顔立ちのせいなのか、それにしても違和感がものすごい。
「そんなことはどうでもいいでしょう」
「何か服とか買った方がいいんじゃねぇ?まだしばらくこっちにいるんだろ?」
「まぁ確かに、いつまでも瑞火様に服をお借りするのも申し訳ないと思ってましたが……」
「あいつと一緒に買いに行って来いよ。あいつもバイト行く時俺の服着てってるから」
「江戸川様と二人で行くのはちょっと……」
「え?何で?……あ、そっか、恋人みたいに見えるもんな。なら予定が合えば俺も着いてってやるよ。レディースはよくわかんねぇけど」
「そういうんじゃありませんって、何度言えば伝わるんですか」
「わかったわかったって。怒んなよ」
「怒ってません、呆れてるんです!」
よすががヒートアップしてきたので俺は大人しく退散した。よすがは「ふぅ」と一つ息を吐くと、気を取り直して本題に入った。
「いい加減その勘違い正していただけませんか?」
「えー……だって……。本当にそういう好きじゃないのか?」
「そうだと言っているじゃないですか」
「俺にはそうは見えないんだけどなぁ」
幽霊に対するよすがの振る舞いを見ていると、どう考えても恋愛感情があるように感じるのだが。ただの上司の想い出探しに尽力するのもそうだし、さっきの帰り道で幽霊が大名に構うことをどう思うのか尋ねた時の反応とかもそうだ。恥ずかしがって恋愛感情だと口にできていないだけのような気がする。
「そんな何でもかんでも恋愛話にこじつけられても困ります。ただのあなたの主観じゃないですか」
「おいおいちょっと待て、先にこじつけてきたのはお前だぞ」
「私は少し聞いてみただけですよ」
「俺だって少し聞いてみただけなんだけど」
手遊びとしてひっくり返したり回転させたりしていたスマホがポロリと左手から滑り落ち、それを合図に俺はムクリと起き上がった。そのままベッドの縁に腰掛け、寝転んでいたせいでくしゃくしゃになった後頭部の髪を手でわしゃわしゃとかき回してならす。
「お前は真面目だから木下さんの存在とか立場とか気にしてそうだけど、別に否定することじゃないと思うぞ」
「本当にそういうのではないんですけど……」
「ほんとにか?あいつのこと特別だったりしないか?」
「もちろん特別は特別ですけれど、そんな感情じゃないんです」
「俺は水祈が他の男と付き合ったりしたら嫌だなぁと思ってたけど、お前はどうだ?」
「それは……そもそも江戸川様が特定の女性と親しくしている姿が想像できません」
「想像できたとして」
「……想像できたとしても、その事実を受け入れるだけだと思いますよ。私が関与することは何もありません」
「謎の第三者目線〜〜」
俺はボフンと音を立てて真横に倒れた。先程とほぼ同じ体勢になる。放り出したままのスマホが頭のすぐ近くに転がっていた。はぁ〜、何で俺こいつの恋愛相談聞いてるんだろ。
「だいたい、仮に私が江戸川様をお慕いしていたとしても、それはただの迷惑です。江戸川様のお心には木下様がいらっしゃいますから」
よすがは俺を見るでもなく、そう言った。独り言にしては大きくて、表明にしては弱々しかった。
「そんなの関係ねぇと思うぞ」
クソ真面目だなぁ、こいつ。人生損してそう。見ているこっちが気の毒に思う。心配になってくる。
「お前はお前の感情を一番大切にしなきゃいけないんじゃねぇの。じゃなきゃ他に誰がそれを守ってやれんだよ」
こんなゴロゴロ寝っ転がった体勢じゃ格好も何もつかないが、この馬鹿にはちゃんと言ってやらなきゃならない。
「好きになるのも木下さんに嫉妬するのも何も悪いことじゃない。俺は水祈に恋人がいたとしても、きっと水祈を欲しがったと思う」
俺の言葉を最後まで聞いて、よすがは困ったように頷いた。




