表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サングラム  作者: 國崎晶
73/131

俺と気持ちの爆発10




俺達が水祈の家を出る時、大名は見送りに来なかった。俺はぼーっと靴を履き、ほとんど何も考えず玄関のドアを開けて、目の前が見覚えのない景色で面食らった。そしてここが自分の家でないことを思い出す。

つい振り返ろうとして、あえてそれを我慢して、家の敷地外へ出た。振り返らなかったのは意地のようなものだったと思う。

アスファルトの上を数メートル歩いて、そこでようやく斜め後ろを漂っている白いヒラヒラが幽霊でないことに気がついた。

「えっ、お前よすがじゃねぇか」

「そうですよ。誰だと思ったんです」

「何でお前がこっちであいつがあっちなんだよ」

大名の部屋を出た後から、白いヒラヒラがついてきていたことには気が付いていた。だがそれはもちろん幽霊だと思っていた。そりゃそうだろ、普通は。しかし何故か俺の後ろによすががついてきていて、大名のところに幽霊が残っている。

「背後霊交代したのか?お前ら」

「江戸川様は瑞火様のところに残るとおっしゃったので。何か伝えたいことがあるのでしょう」

「なるほど、お前は空気を読んでこっちに来たわけか」

「ええ……まぁ……そうなりますかね」

なるほどな。つまりよすがは厄介払いされる雰囲気を感じて自分から出てきたわけだ。

俺はつい立ち止まっていた足を再び動かして自宅へと向かった。よすがも俺の斜め後ろをピタリとついてくる。

「……お前、脚はもう大丈夫なのか?」

「ええ、もう治りかけですよ」

「でもバイト行ってんだろ」

「重いものは運んでもらってますから。今は接客とアレンジメントに専念しています」

「そっか。ならいいけど」

会話が途絶えた。よすがも彼女なりに気を遣ってくれているのだろうか。お互い探り探りのような感じがして微妙に居心地が悪い。

「明日はどこ行くんだ?バイト休みなんだろ?」

「久能木の方を探してみようと思っています」

「遠いな」

「近場は粗方探しましたから」

「よくやるよなお前も」

「これくらいたいしたことではありませんよ」

幽霊の話もできない。大名の話もできない。他に、俺とこいつにどんな共通点があるだろうか。

「木下佳子さんってどんな人なんだろうな」

「えっ?」

俺がぽつりと呟いた名前に、よすがは顔を上げてこちらを見た。俺はちょっと振り向いて彼女と目を合わせて答える。しゃべりにくいからいい加減隣を歩いてほしいのだが、まぁよすがはもともと半歩後ろから追いかけるタイプなんだろう。

「いや、あいつ木下さんのこと好き好き言うくせにどんな人なのか全然話さねぇじゃん。だからどんな人なのかなって」

「まぁ……たしかに……」

「それともお前には話してんのか?俺が聞いてないだけ?」

「いえ、私も伺ってませんよ。お名前とお顔くらいしか」

歯切れの悪い返事に「もしや」と思ったが、そういうわけではないらしい。しかし、あまり手伝っていない俺に言わないのはまだしも、こんなに尽力してくれているよすがにまでほとんど情報をあげないのは如何なものか。

「お前それでよく探そうと思うよな」

「江戸川様の大切な方ですから。それに、江戸川様には天界に戻っていただかないと困ります」

「でもあいつ、もともとたいした仕事してないんだろ?」

「江戸川様はしっかりと神としてのお勤めを果たしてらっしゃいますよ。神の一番の仕事は民の心の支えとなることですから」

「ふーん。じゃああいつが出てって天国は今パニックになったりしてんじゃねぇの?」

「私が出て来た時点ではまだ江戸川様の不在を隠していましたからね……。ですが、今はどうなっているかわかりません」

よすがはそう言うと、心配そうに表情を曇らせた。真面目なやつだ。というか、天国の心配よりも自分の身を案じた方がいいんじゃないのか?天国のルールを破って地上に来てるんじゃなかったっけ、こいつ。

「あいつが大名とか余計なことに構ってるの、お前は何とも思わねーの?」

「江戸川様はああいうお人ですから。正直、何故瑞火様にあんなに関心を持たれるのかはあまりわかりませんが……」

そう答えたよすがは、ちょっとの間だけ自分のつま先に目を落とした。それはほんの二、三秒のことで、彼女はすぐにまた俺の方を向いた。

「あんなどうでもいいことに構ってちんたらしてたら、いつまで経っても天国に帰れねーぞ」

「それは困りますね」

言葉とは裏腹によすがはふんわりと口角を上げた。優しげな微笑みだった。

「前からちょっと思ってたんだけど、お前ってあいつのこと好きなの?」

「えっ?好きとは?尊敬しておりますが」

「いや誤魔化すなよ。俺にはズバッと聞いてきたくせして」

「いやいやいや、そんなんじゃないですよ!普通に人として尊敬してるだけです、憧れですよ普通に!」

だんだんと頬を染めるよすがに、俺はニヤニヤと堪えきれない笑みを返す。さぞかし腹の立つ顔だろう。

「ふーん、なるほどやっぱりそうだったのか。そうじゃないかと思ってたけど」

「だから違いますって!いい加減にしないと殴りますよ!」

「わかってるわかってる、本人には言わないから」

霊体のくせに拳を振り上げるよすがと意味のない追いかけっこをしながら帰り道を辿った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ