俺と気持ちの爆発9
「とりあえず話の続き……だけど」
大名が全員に麦茶の入ったコップを手渡し終わって、それでもしばらく誰も口を開かなかったので、結局彼女自身で切り出した。
「あなたは今でも水祈が好き。だから私が嫌い。これで間違ってない?」
「間違ってはいないな」
「水祈のどこが好きだか聞いてもいい?」
「嫌だけど」
場が静まり返った。幽霊もよすがも物言いたげに俺を見ているが、言っておくが俺は何も悪くないぞ。
「何でそんなことお前に話さなきゃなんねぇんだよ」
「気になるから聞いただけ。私にはあの子の良さがわからないし」
「お前みたいなクソ野郎のことも恨まずに好きになろうと努力する心の清さが水祈の良さじゃねぇの」
「そうかしら。さすがに恨んでると思うわ」
「瑞火様。……このままでは埓があきませんよ。いっそのこと本題に入られては?」
大名の言葉に半ば被せる勢いで、よすがが割って入る。何でお前がそっちについてるんだよ。俺の味方はいないのか?隣の幽霊を見ると、不思議そうな表情でよすがを見ていた。こいつもよすがが大名の助太刀をすることに違和感を覚えているのだろう。
「本題?いったい何が本題なの?よすがは私が何の話をすれば正解だと思ってるの?」
「いえ、そういうわけではありませんが……」
「じゃあどういうわけなのよ。曖昧なこと言わないで」
「どうでもいいじゃねぇかそんな細かいこと」
大名が何故かよすがを攻撃し始めたので、今度は俺が割って入る。急に強い口調で捲し立てられて、よすがも驚いているようだ。一体何にイライラしているんだろう大名は。
「あなた心の清さが水祈の良さって言ったわね。本当にそう思う?心の清い人間なんて本当にいるのかしら?」
「少なくともお前よりは魅力的だと思うけどな」
「そんな話今してない。あなたは知らないでしょうけど、私は十四年もあの子と生活してたの」
「だから何だよ」
「あの子は聖人君子なんかじゃないわ。人の顔色ばっかり窺って、誰にでも愛想振りまいて、いい子ぶってる嫌な奴。何であんなのをみんな褒めるの?みんなあの子の表面しか見えてない。あなたもよ、和輝」
そう言い募って、急にピタリとやめると、今度は静かになって言った。相変わらず情緒が不安定な奴だ。子供の頃から。
「どうやったらいい子に見られるか知ってたのよ。計算高くて嫌な奴。見てるとムカムカしてくる。まんまと騙されてるあなた達は馬鹿だと思うわ。ねぇ、あの子のどこが好きだったの?教えてよ」
よすがは気を利かせて何か言おうと思ったが、結局口をつぐんだ。上手い言葉が思いつかなかったからか、自分は何も言わないほうが良いと判断したからかは、俺にはわからない。
幽霊は心配そうな視線をこちらに向けて、俺の答えを待っている。しょうもないことを捲し立てて、こんなに醜態を晒して、こいつはそれでも大名の応援をするのだろうか。
「知らない。どこが好きなのか俺にもわからない。でもお前がそう言うんなら、じゃあそれも引っくるめて全部好きなんじゃねーの」
俺は水祈の柔らかい雰囲気も寄り添ってくれるような肩も引っ張ってくれる手のひらも、シャンプーの香りがする髪も「好き」が詰まってる俺を呼ぶ声も日だまりのような瞳も、しっかりした言葉を紡ぐところも、そのくせ吹いたら飛んでいってしまいそうなところも、全部好きだった。生涯側にいたいと思った。
「たしかにお前の言う通り、水祈は自己主張しないタイプだったな。でもそんなやつ水祈だけじゃないだろ。クラスにもたくさんいるし、この先職場にもそういう奴はいるだろうし、もしかしたら自分の子供がそうなるかもしれない。そうしたらお前はこの先そいつら全員嫌って生きてくのか?」
水祈はここにはいないから、俺が言い返してやらなきゃいけない気がした。それに、俺は俺の好きなものを貶されていつまでも黙ってるほど大人にはなれない。
「それに、お前が水祈のことをちゃんと見てやらなかったせいだと俺は思うけどな。お前はちゃんと水祈の話に耳を傾けてたのか?表情を見てたのか?お前が水祈を理解しようとしなかったせいで、水祈は何も悪くない」
「……私が悪かったって言いたいの?」
「そうだ」
こいつとこんなに水祈の話をしたのはいつぶりだろうか。それこそ小学校の三、四年生頃のような気がする。俺も大名も水祈の話をすることを無意識に避けていた。何故だろう。
子供の頃、小学校の三、四年生の頃、三人で公園で遊んでいて、水祈が一生懸命俺と大名の仲を取り持とうとしたシーンが頭の中に蘇る。ごめんな水祈。俺はきっとあの頃から大名が嫌いだった。そしてたぶん、大名もお前のこと嫌いだったんだ。
きっと大名はいつだって水祈より優れていたかった。可愛がられたかった。周囲の関心が自分より水祈に向いているのを知っていた。そして水祈もそれをわかっていた。だから水祈はあの日俺と大名の仲を取り持とうとしたんだ。大名がひとりぼっちにならないように。
きっと俺は一生水祈のことを忘れられない。他に誰かを愛しても、結婚して子供が産まれても、俺はきっとずっと水祈の面影を追うだろう。
「ねぇ、お願いがあるんだけど」
そう言った大名は真っ直ぐ俺を見つめていた。黄色い瞳の色だけが水祈とそっくりだ。
「水祈のこともう忘れてくれない?」
隣で幽霊がバッと立ち上がった。それをよすがが見上げる。何か声を掛けたいのだろうが、結局何も言わなかった。幽霊はギュッと拳を握っていて、その表情は天然パーマが覆い隠していて俺からは見えなかった。
俺と大名を結ぶ一直線に、幽霊もよすがも入っていなかった。つい今しがた散々水祈のことを語った俺にそんなことを言うなんてと呆気にとられていたからだろうか。俺は自分が思っていたより冷静だった。
「無理だ」
「それは困る」
「何で」
「私、あなたが好きなの」
幽霊は拳を緩めて、よすがは思わず腰を上げて、全員が大名を見ていた。
「私と付き合ってください」




