俺と気持ちの爆発5
よすがが戻ってきたのはほんの五分程経った頃だった。彼女は壁からにょきっと首を出すと、肩を出し胴を出し脚を出し、壁の中から産まれた。
「早かったな」
「江戸川様に気づかれて、帰れと言われました」
「追い払われたのか」
「朝波氏が怒りますよと言ってみたのですが、あまり効果はありませんでしたね」
俺はその報告にモヤモヤとした。どうやらそれが顔に出ていたらしく、よすがは呆れ気味に短い息をついた。
「特にこれといった話はしてませんでしたよ。瑞火様の子供の頃の話をされていたみたいですが」
よすがはそう切り出して、続けた。
「江戸川様が伝えたのかどうかはわかりませんが、瑞火様は江戸川様があなたについていることをご存知な気がしますね」
「んな守護霊みたいな」
「まぁ、私達に守護霊的なご利益はありませんしね。それと、江戸川様は私がこの場にいることを瑞火様に気付かれたくなかったようですね。私を追い返す時も言葉にはせず表情だけでそうなさいましたし。江戸川様は何をお考えなのでしょうか……」
最後の最後に、よすがは困惑した声色になった。彼女にとっても幽霊が大名の前に姿を現したことは意外であり、真意が掴めない行動なのだろう。
「どうします?とりあえず。ここにいると、直に瑞火様達がここを通ると思いますが」
「……そうだな。どうしよう。帰るか?」
「それもよいかと思いますが……」
「お前は何してたんだ?あいつに用事か?」
「バイトまでまだ時間があったので潰していただけです。たまにこうしてこの辺りをうろうろしている日がありますよ」
「そうなのか。知らなかった」
「学校の周辺で時間をつぶしていてもあなたに声はかけませんからね」
「お前思ってたよりも意外と気が使えるやつだな」
「失礼な話ですが今はまぁいいでしょう。流します。それより、どうするんですか?これから」
再度言われてもなお、俺はまごついていた。正直、幽霊と大名が何を話しているのか気になる。幽霊の目論見が読めず不安だ。確かめたい。
「では今度は正々堂々、正面から行きますか?」
「えっ」
俺は思わずよすがの顔を見た。色の濃い二つの瞳がジッとこちらを見ていて、そこに自信なさげな俺の顔が映っていた。酷い格好の悪さだ。
「正面から行けば、江戸川様も追い返せないでしょう」
「いいのかよ言いつけ破って。お前あいつのこと大好きマンだろ」
「こんな些細なことで江戸川様は部下を嫌いになったりしません。さぁ行くんですか、行かないんですか」
「行くよ。全面戦争だ」
俺の答えを聞くとよすがは先陣を切ってさっさと歩き出した。彼女の小さな背中を見て、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。さっき俺が言った通り、よすがはあの神様が大好きだ。ルール違反だと理解した上で単身地上に留まる程。きっと少しでも役に立ちたいし、きっと少しでも嫌われたくないし、きっといつもあいつの言いつけを守ってきたはずなのに、俺が自信のないクソ野郎なせいで余計なことをさせてしまった。
帰ったら謝ろう。何だか今なら素直に言葉にできる気がする。
よすがの頭の上の輪っかが消えるのをまるで合図にしたかのように、幽霊と大名が同時にこちらを向いた。さすがに二人とも驚いた顔をする。よすがはずんずん進み、完全に二人の目の前まで来てようやく足を止めた。




