俺と気持ちの爆発2
視聴覚室に入ると三宅教諭がスタンバイしていて、俺達に冊子を作るように指示をするとさっさと出て行った。自分はしっかりと昼食を摂る気だろう。なんてやつだ。
八枚の紙を重ね合わせてホッチキスで留める。それを三年生全生徒分が終わるまで永遠と作り続ける。
「来週もう期末テストだね。みんなは勉強してる?」
古之河が一ページ目から三ページ目を重ねながら話題を出す。まぁこの面子が集まって積極的に会話を始めたがるのは古之河しかいないと思うが。
「私はあんまり……。とりあえず赤点さえ取らなければいいから」
古之河の隣の席の大名が答える。こいつは古之河から受け取った三枚に、四ページ目から六ページ目を追加して向かいにいる俺に渡す係だ。俺は大名から受け取った計六枚に、七、八ページを重ねて隣の瀬川にパスした。
「俺もとりあえず課題は溜めないようにしてる。提出物溜めると面倒だからな。瀬川は?」
瀬川は俺から受け取った紙に二箇所ホッチキスの針を留め、冊子を完成させた。彼はつまらなさそうな平坦な声で俺の問いに答える。
「僕もだいたい似たようなものだよ。テスト勉強は時間がないからあんまりしてない」
俺の見立てではこの四人の中で……というか、このクラスで一番頭がいいのはたぶん瀬川だ。まぁ教師達の扱いの違いを見ても何となくわかるが、瀬川が授業中に当てられても間違えた所を見たことがないし、返却された中間テストの答案用紙に百点と記されていたのを俺は知っている。何でこの学校にいるんだろうっていうタイプだ。たぶんこいつはテスト勉強なんてしなくても点数取れるんじゃないかな。
「そういえば瀬川君バイトもしてるんだもんね。忙しいよね」
「そういう古之河だって部活してるじゃねーか」
「ははは、まぁね。正直家帰ったらヘトヘトで勉強どころじゃないよね。言い訳だけど。朝波は帰宅部だよね?」
「ああ、俺は週末だけバイト。平日は勉強する時間あるはずだけど、まぁ勉強好きならこの学校選んでねーわな」
「だよね、私も受験勉強も全然したくなくて、自分の学力で絶対受かるとこ選んじゃった」
良くない雰囲気だ。そりゃあこの面子ならこうなる予想は簡単にできたが。ミス社交ガールの古之河と、やる気を出せば社交的になれる俺の二人しか会話に参加しないことなど容易に想像できた。このままでは瀬川は会話をサボり続け、大名は会話に入れないままこの時間が終わってしまう。
「そういえば瀬川は何でこの学校来たんだ?お前頭いいだろ」
面倒だから喋らないオーラを放つ瀬川を巻き込む為に話を振る。誰のせいでここにいると思ってんだ。会話をサボるな。
「そうでもないよ……。この学校は家から一番近いところを選んだだけ」
「え、お前家この辺なの?中学別だったけど」
「近いって言っても自転車で十五分くらいかかるよ」
「十五分ってことは、まぁ場所に寄っては隣の中学になるか」
「あれ?でも私瀬川君って私立の中学行ってたって聞いたんだけど」
古之河が顔を上げて正面の瀬川を見る。瀬川は手元の紙束から視線を全くぶらさずに答える。
「うん、中学は電車で通ってた。でも遠くて面倒だし……それ誰が言ってたの?」
「佐伯先生だよ」
「ああ、あの人お喋りだから……」
瀬川の反応を見るに、中学の話はあまりしてほしくないようだ。まぁこんな底辺高校に頭のいい私立中学出身者がいると、中学時代何かあったのかと勘繰られるからうんざりするのだろう。不要なストレスを避ける為なのだ。しかし古之河はお喋りに夢中で瀬川の気持ちに気付いていないらしい。
「でもすごいよね。頭いい中学なんでしょ?先生言ってた。野洲高に来たのがもったいないよ」
「そんなに賢い学校でもなかったよ。親が決めた方針で通ってただけだったし」
「またまた〜。受験しなきゃ入れないガチなとこって聞いたよ」
「たぶん古之河さんでも受かるようなとこだよ」
「そんなそんな!私なんて今受けても受からないよ。でも瀬川君って中学の頃から頭よかったんだね」
「古之……」
「古之河さん」
そろそろ止めないとまずいな、と思って声をかけると、同時に大名が声を発して俺は思わず口を閉じた。いや、大名の方が一瞬早かったかもしれない。
「古之河さんは中学どこなの?」
「私は古館中だよ。知ってる?」
「聞いたことあるくらい」
「卓球部がちょっと強かったくらいでいまいちパッとしてないから」
古之河はそう言って笑った。隣の瀬川の横顔を盗み見ると、何も考えてなさそうな表情で黙々と作業をしていた。
「大名なかなかやるじゃねーか。な、和輝!」
俺達四人の会話を黙って聞いていた幽霊が、嬉しそうに満足げな笑みを浮かべた。俺はそれが聞こえなかったふりをして、気を取り直すと、女子二人のたどたどしい会話に耳を傾けた。




