俺と現実の悪夢12
公園から水祈の家までは歩いて五分とかからない。よすがは俺の半歩後ろを着いてきた。俺が手に提げているレジ袋がガサガサいうだけの空間は寂しいので、世間話代わりにいつか聞こうと思っていたことを聞いてみた。
「大名の家、今どういう雰囲気なんだ?」
水祈が死んで、千歳さんが捕まって、あの家には大名と父親の徳光さんだけが住んでいるはずだ。初めによすがから受けた報告では、親娘間に会話はなく、水祈の仏壇もないと聞いていた。
「雰囲気ですか。そうですね……そもそも瑞火様とお父様が会話をしているところをほとんど見かけませんから」
よすがはほんの少し考えてからそう答えた。
「まぁそうか。お前は普段大名とはどんな会話するんだ?」
「たいしたことは話しませんよ。バイト先での様子をたまに聞かれたり……。あとはやはり、天界のことを聞かれることが多いですかね。人は死んだらどうなるんだとか」
俺も幽霊にそんなこと聞いた覚えがあるな。あれはたしか出会って二日目の夜だった気がする。あの日は母親から水祈の話をされて、それが夜中までずっとモヤモヤしていて、それでつい聞いてしまったのだ。
俺が天国に行った時、水祈がそこにいるのかが気になって。
「やっぱそれ、みんな気になるんだな。俺も聞いた」
「江戸川様にですか」
「ああ。転生するまで数百年かかるんだってな。死に別れた時もう会えないと思ったのにそれって不思議だよな」
俺はそんなに重たい話をしているつもりはなく、だいぶ軽い調子で喋っていた。しかしよすがは普段余計なことまでズバズバ言うくせに、ちょっと躊躇ってからこう言った。
「……水祈様のことですか」
「ん?ああ、まぁ。そんな真剣な話じゃねーぞこれ」
「朝波氏は、いつから水祈様を好いていたのですか?」
「どうした急に。お前意外と恋愛とか語るよな」
かなり恋愛とは無縁そうな奴だが、この間も「風子殿のことが好きなんですか?」とかなんとか言ってきたり、意外と恋愛話好きなのかもしれない。
「って言っても、もともと幼馴染みだったからなぁ。いつの間にかって感じなんじゃねーの」
「いつの間にかですか」
「だいたいそんなもんだと思うけどな、そもそも人を好きになるなんて」
よすがは「ふむ」とでも言い出しそうな表情で顎に手をやって考え込んだ。
「では、いつの間にか他の誰かを好きになる可能性はありますか?」
「……それはまた風子の話か?」
俺はつい物言いたげな目をよすがに向けた。何故だかよすがは風子激推し勢みたいだが、俺はそんな気はないし正直うんざりだ。バイト先のおばちゃんが「彼女いないの?どんな子がタイプ?誰か紹介してあげれればいいんだけど」とお節介を押し付けてくる時の気持ちに似ている。
「いえ、まぁ風子殿と朝波氏はお似合いだとは思いますが……そうですね……」
よすがは多少言い淀んだが、結局先を続けた。
「私が思うに、瑞火様はあなたのことが好きなのではないかと」
「お前もそれ言い出すのか」
「げぇとでも言いそうな顔ですね」
「言わなかっただけマシだろ」
「他の誰に言われたかはわかりませんが、私にはちゃんと根拠がありますよ」
俺は無言で続きを促した。
「瑞火様は私にバイト先の様子を聞いたり、天界のことを聞いたり、私にあなたの話をするかのどれかですよ」
「げぇ」
俺は冗談でなく心の底から悲鳴を上げた。
「まぁでもその様子を見るに、いつの間にか瑞火様を好きになることは無さそうですね」
「記憶障害になったとしても無理だろうな」
「私は瑞火様には世話になっていますし、少しでも可能性があるなら応援しようかとも思ったのですが」
よすがは俺の顔を見てほんの少し口角を上げた。
「やめておきます。あなたが水祈様を好きなので」
「お前話わかるやつだな」
幽霊の野郎は俺の意思を無視して大名を推してくるが。そう思って言ったが、よすがはわずかな微笑みはそのままに、眉尻をちょっとだけ下げた。何か困らせただろうか?
「俺はまだ水祈のことが忘れられないから他のことなんて考えられないな。いつの間にかを待つしかない」
俺がちょうどそう言い終わった時、水祈の家の屋根が見えた。今まで斜め後ろを歩いていたよすがが、さっと俺を追い越して、こちらを振り返った。
「唐揚げ、ありがとうございました」
「おう」
俺が「またな」と言うと、よすがは「おやすみなさい」と挨拶をした。
どう見ても俺のことを見下してて他の奴との扱いの差はえげつないし、無愛想でツンケンしているが、たぶん普通に良い奴なんだろうな、よすがは。




