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サングラム  作者: 國崎晶
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俺と現実の悪夢10




夕飯を食べた後、母親は風呂に入るか尋ねたが、俺は「後で入る」と答えた。一度部屋に戻り、「お前の分の飯買ってくるから待ってろ」と告げ、スマホと財布を持つと家を出た。真上には夜空が広がっていて、昼間と同じ服で出てきたので少し肌寒かった。

俺はコンビニには向かわず、今はもう懐かしい道を目指している。目の前の分岐点、左に曲がると学校が近い。俺はゆっくりとした歩みでその分岐を真っ直ぐ進んだ。

たどり着いたのは四人家族にちょうどいいサイズの、普通の一軒家だった。白ともクリーム色とも言える微妙な色の壁に、屋根には黒っぽい瓦が敷いてある。簡単に組み立てられそうな量産型の、普通の一軒家。ここは水祈が住んでいた家である。

「おい。そんなとこにいて見つかったらどうすんだよ」

黒い瓦の上に白い衣装はかなり目立つ。それに背景はこの夜空だ。俺は屋根の上で膝を抱えて座っているよすがに声をかけた。彼女は俺に気づいて目を向ける。

「……何か用ですか」

「わざわざ様子見に来たんだろ。怪我もしてたし」

よすがは何も答えず、膝の中に顔をうずめた。

「とりあえず降りてこいよ。話しにくいから」

たっぷり一分程待つと、よすがはふわりと浮いて俺の前までやって来た。

「一人で反省会しててもたいして解決しねーと思うぞ。コンビニ行こうぜ。あいつの夕飯買いに行くんだけど、お前にも何か奢ってやるよ。特別にな」

俺がさっさと歩き出すと、よすがは「別に反省会をしていたわけでは……」とぶつぶつ言いながらも、ちゃんと着いてきた。

コンビニで幽霊にハンバーグ弁当とお茶をセレクトし、自分用にコーヒーを買う。よすがに「夕飯食ったのか?」と聞いたら「食べてません」と返ってきた。

「何か食うか?パンとかおにぎりとか」

「あまりお腹が減っていません」

「じゃあ唐揚げでも買うか」

よすが用にもう一本お茶を足したカゴをレジに出し、唐揚げの詰め合わせの追加を店員に伝える。店員はレジの横の保温器から唐揚げを取出してレジ袋に入れた。

今日の出来事に全然関係のないどうでもいい話を、たいして盛り上がりもせずポツポツと話しながら歩いた。すぐ近くにある公園は、時間帯のせいか誰もいなかった。それでも俺は木の下の暗がりにある人目につきにくいベンチに腰を下ろした。

「お前も座れよ」

俺の前に突っ立ったままのよすがに声をかける。ここはよすがと初めて会った日に来た公園だ。ベンチも、今俺が座っている場所も、よすがが立っている位置もあの日と同じ。

「座って何を話すと言うのです」

「反省会すんだろ。ほら」

俺は唐揚げを差し出した。よすがはパッケージに描かれたニワトリのイラストをじっと見ていたが、頭上の輪をスッと消すと、唐揚げを受け取った。俺の隣にそっと腰掛ける。

「これ、お茶」

彼女の横にペットボトルのお茶を置き、自分はコーヒーのキャップを開けた。

「ここ、実はあいつと最初に来た公園でもあるんだ」

「そうなんですか……。そういえば、江戸川様とはどのような出会いだったのですか?」

「登校中に会って、学校まで着けてきた。そんで帰り道で巻いたと思ったら家に突撃してきて諦めた」

「ふふ、さすがの行動力ですね」

「あの時は迷惑でしかないと思ったけどな」

「江戸川様も何か感じ取ったのではないでしょうか。巡り合わせを」

よすががそんなことを言うのが少し意外で、俺は思わず横目で彼女の横顔を盗み見た。よすがは膝の上で握った唐揚げに視線を落としている。こいつは俺に対してはたいてい無愛想で口調もちょっと乱暴になって、なんなら「何で江戸川様はこんな奴とつるんでるんだ」くらいに思ってるのかと感じていたが、あの幽霊との出会いを「巡り合わせ」と表現してくれる程にはこの二ヶ月で仲良くなれたのかもしれない。

俺達の間に沈黙が降ってきて、俺は何かを紛らわすようにコーヒーに口をつけた。よすがは手付かずだった唐揚げに爪楊枝を刺し口に運んだ。

「朝波氏は何も食べないのですか?」

「俺は夕飯食ってきた」

「そうですか」

よすがが唐揚げをもう一つ食べて、もぐもぐと咀嚼している間、虫の鳴き声くらいしか聞こえなかった。

「なぁ、やっぱそれ一つくれ」

「食べたいなら初めからそう言えばいいのに」

「今食いたくなったんだよ」

よすがが差し出した唐揚げを一つ指でつまんで口に放り込む。濃いめの味付けと油の香りが口の中に充満した。幽霊といい風子といいよすがといい、俺って淡白な人間だと思ってたけど実はすげー良い奴なんじゃないかと少し思った。





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