俺と現実の悪夢7
霊側と人間側に別れてしまったら連絡手段がない。コンビニのトイレに寄って風子の顔がきれいになるのを待っている間、俺は今後のことを考えていた。
男性がいなくなっても幽霊とよすがが現れなかったので、彼らは悠葵ちゃんと一緒にいるのかもしれない。二人は俺達と男性の様子を見ていただろうし、悠葵ちゃんが飛び出すところも見ていただろう。
となると俺の家に帰って幽霊と合流するのが良いのか?お互いの情報を共有した方が良いだろう。あの黒いローブの男性が何者なのかも気になる。……まぁ、男性の仕事の内容と先日のよすがの話から推察すると、おそらく彼が死神なのだろうが。
「和輝君、お待たせ」
風子に声をかけられて、俺は週刊少年漫才雑誌を棚に戻した。
「もう大丈夫なのか?」
「うん、ごめんね、気を使わせちゃって」
「いや、全然。とりあえず帰るか」
「うん、……お兄ちゃんからの着信の数がすごくて……」
「それは……やばいな……」
俺と風子は店を出ると、バスに乗って栗生除霊霊媒事務所を目指した。
泉町駅へ向かうバスは、俺達の他に二人しか客がいなかった。俺と風子は一番後ろの席に座って、小さな声で話をした。俺達の声よりバスが揺れるたびに鳴るガタガタという音の方が大きかった。
「どうするんだ?悠葵ちゃん」
「どうしたらいいと思う……?」
俺は何も答えられなかった。いい案が何も浮かばなかったからだ。みんなが納得できるようないい案が。
「私ね……今日の悪霊がもし悠葵ちゃんだったらって考えてたの……」
「あの悪霊が?」
「うん。そしたらね……すごくかわいそうだなぁって……」
俺は隣の風子を見た。風子は膝の上の指を絡めたり解いたりして、少しうつむき加減で、そしてきゅっと目を閉じている。夢の中で語っているような柔らかい声だった。次に遊びに行く予定を話している時の、水祈の声によく似ている。
「悪霊になって……文太郎君やよすがちゃんに攻撃されて……きっと自分の意思もなくなって……そうなったら、すごく悲しい……。悪霊になったら、きっとわたしのことも攻撃してしまう。悠葵ちゃんはショックだと思う」
「うん」
「そうなるくらいならね、悠葵ちゃんが悠葵ちゃんでいるうちにお別れして、悠葵ちゃんのままで天国に行ったほうがいい気がしてきたの」
「うん」
「その方がきっと、悠葵ちゃんもわたしも幸せ……。ずっと友達でいられるから……」
風子は口を閉じた。コンビニのトイレから戻ってきた風子は、まだ目も赤かったし鼻水だってすすっていた。トイレの中で一人になって、いろいろ考えて泣いていたのかもしれない。
「でもね、和輝君……」
風子は窓枠に頭をよりかけて、目を閉じたまま言った。
「わたしやっぱり悠葵ちゃんとお別れしたくないよ……」
風子の化粧っ気のない肌の上で、そっとまつ毛が震えた。
「悠葵ちゃんしかいないの……。小学校も、中学校も、わたしずっと浮いてて、変わってるってみんなに言われて、友達ができなかった。お母さんもお父さんもわたし達のこと不気味がって、わたし達のこと愛してくれなかった……。わたしの世界にはいつもお兄ちゃんしかいなかったの。でも、お兄ちゃんの方がしっかりしてるから、ちゃんと考えてるから、わたしは自分の言いたいことを言えない時もある。だから悠葵ちゃんしかいないの。わたし、悠葵ちゃんと一緒の時はずっと笑ってられるの……」
風子の目から水滴が一つ溢れて、頬の上をすっと滑っていった。
「わたし、わがままだよね……」
濡れたまつ毛が動いて、風子の黄緑色の瞳が俺を映した。この黄緑色を見ると俺は安心する。彼女は栗生風子なのだと確信できるから。
「次は終点泉町駅北口〜、泉町駅北口〜」
運転手のアナウンスが響く。風子は背筋を正すと指先で目元を拭って、鞄の中から財布を取り出した。俺も交通系ICカードを用意すべくポケットのスマホに手を伸ばした。




