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サングラム  作者: 國崎晶
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俺と現実の悪夢5




俺達が戻ると、戦況は硬直状態だった。風子と悠葵ちゃんを背後に庇った幽霊が、霊子を厚く固めてバリアのようにして化物の攻撃を受けていた。いや、俺には霊子というものは視えないのだが、この状態はそういうことだろう。

風子と悠葵ちゃんは抱き合って小さくなっていた。普段しっかり者で勝ち気な性格の悠葵ちゃんは、風子の腕の中で泣いている。幽霊は両腕を広げて手の平を高く上げ、化物の攻撃を受けることに集中している。化物は四本に増えた腕で容赦なく幽霊達を殴りつけていた。

「今なら背後を取れる」

俺がそう言うと、よすがもわかっていたらしく頷いた。バリアを作る幽霊の表情は苦しげだ。化物の連撃に、もうあまり保たないのかもしれない。急いだ方が良さそうだ。

よすがも俺と同じ判断をしたのか、霊子で刀を作ると右足で地を蹴り飛び出していった。

「ハッ!」

霊子で流れを作り、素早く化物の背後に回り込む。よすがはその首を左から右へぶった切るように、刀を横に振った。

やったか!と思ったその瞬間、化物が右手で刀を掴んだ。よすがの刀は化物の首半分の場所に食い込んだまま停止する。幽霊が刀を作って飛び上がった。右から左へ、残った部分を切ってしまおうと思ったのだ。

「危ない!」

俺の声は二人に聞こえただろうか。化物は一瞬だけ全身で力むと、身体を覆っているモヤを飛ばした。三百六十度全方向に及ぶその攻撃は、幽霊とよすがはもちろん風子と悠葵ちゃんにも当たり、二人は縮こまりながら悲鳴を上げた。

空中に浮いていた幽霊とよすがはモヤの勢いに飛ばされ、化物の目の前に風子と悠葵ちゃんのみになる。先程までの様子から察するに、あの二人に自分達を守る術は無い。飛ばされた幽霊も、よすがも、俺も、みんな遠い。化物が左腕を振り上げた。黒いモヤの中で光るその目は、身を寄せ合う二人を捉えている。全員が絶望を感じたその時、

「はいドーーン!」

場にそぐわない明るい声と共に、黒い塊が一直線に落ちてきて、そして化物が真っ二つに割れた。

化物が崩れ落ちるように黒いモヤになる。そのせいで視界が悪い。一体何が起きたのか。風子と悠葵ちゃんは無事なのだろうか。

モヤが少し晴れてきた頃、俺は足元を確認しながら近づいた。黒いモヤの中に、風子の白い白衣と長髪が見える。

「風子!悠葵ちゃん!無事か?」

二人の手前まで近付いた時、俺は思わず心臓を止めかけた。黒いモヤの中だったので、すぐ隣に黒い服を着た人間がいることに気が付かなかったのだ。

「うわっ」

「ああ、どうも」

俺が思わず声を上げると、黒服はフランクに声をかけてきた。今それを取ってわかったが、どうやら黒いフードを被っていたらしい。フードを取る手にも黒い手袋がはめられている。

ようやくモヤが晴れてきて、そいつの顔をしっかりと拝むことができた。まだ若そうな男性だ。光が当たると少し青っぽくなる黒髪。アシンメトリーというのだろうか、うねりの無いさらさらな髪の毛先をパツンと切りそろえているのだが、左右で高さが違う。前髪も斜めっている。こいつがオシャレだと思ってやっているのならそれでいいが。年は二十代前半だろうか。黒目が小さい釣り目は猫みたいだ。

「君、俺が視えるんだね」

「え?ああ、まぁ」

黒い服はローブのようなものだった。ローブの裾から覗く足はブーツを履いているし、割と細身のパンツのようなものを着ているみたいだ。ローブは布が多いが、脱いだらかなりラフで動きやすそうな格好をしている。

「君も大丈夫だった?」

黒いローブの男性は、未だにしゃがみ込んだままの風子に声をかける。「俺が視えるんだね」という言葉的にも、放つ雰囲気的にも、こいつは天国の人間だと見て間違いないだろう。だから幽霊とよすがが姿を現さないのだ。

「あ……、は、はいっ、あの、ありがとうございました……。助けていただいて」

風子は座り込んだままぺこりと頭を下げた。

「怪我がなさそうなら良かった。君、立てる?」

男性がしゃがみ込んで風子に視線を合わせ、右手を差し出した。その目がハッと見開かれた瞬間、風子の腕の中にいた悠葵ちゃんが物凄い速さで飛び出した。彼女はすぐ近くの建物に迷い無く突っ込み、あっという間に俺達の視界から姿を消した。

「待て!」

「待って!」

悠葵ちゃんを追いかけようと立ち上がった男性は、がくんと崩れてべしゃっと地面に転んだ。ドミノ倒しのように風子も前のめりにすっ転ぶ。何事かと思ったら、風子が男性の足首を掴んでいる。

「何なの君……」

「ま、待って……」

男性の頭の上を確認した。蛍光灯のように明るい、天使の輪っかが浮かんでいる。つまり、風子は今霊体の男性に触れているのだ。

「は、話を聞いて……ほしいです……」

本当に本当に申し訳なさそうにそう言った風子だが、足首を握る指は一ミリも動かなかった。

男性は風子を見て、俺を見上げ、掴まれた足首を見ると、深いため息をついて、「わかった、今更追いつけないから話だけは聞くよ」と言った。





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