俺と現実の悪夢4
よすがが吹っ飛んだ方向はそこそこに建物があった。彼女は霊体なので建物を突き抜けて吹っ飛んでいったが、どの辺まで飛ばされただろうか。
俺は道を一本一本目だけで確認しながら急いだ。と、道の真ん中に白い布が丸まっているのを見つける 。工場の裏手で、日も届かず薄暗い路地だ。十メートルくらい離れていて細かいところは判別できないが、間違いなくよすがだろう。俺は彼女の元へ駆け寄った。
「おい、よすが、大丈夫か?」
布の塊はやっぱりよすがで、彼女はアスファルトの上に倒れていた。俺はよすがのすぐ近くにしゃがみ込むと怪我の状態を確かめた。布の量が多すぎてほとんどよく見えないが、手足はとりあえず折れたりはしていなさそうだ。俺は霊を視ることはできるが触れることはできないので、怪我を手当てすることもできないし肩を揺することもできない。
「よすが!おい!」
耳元で何度か声をかけると、やがてよすがのまぶたがゆっくりと持ち上がった。
「あ、ああ……眠っていました」
「気絶してたの間違いだろ」
よすがはアスファルトに肘をついて、ふらふらと上体を起こした。
「大丈夫なのか?」
「問題ありません」
手を貸してやることもできないので、俺はよすがが起き上がるのをただただ待った。彼女は足を崩して座ると、まず左手で左側頭部を触り、次に右手で左肩の状態を確かめ、左肘を確かめ、左手首をぐりぐりと動かしたところで、ハッと顔を上げた。
「江戸川様は!?」
「今戦ってる」
「すぐに行かねばっ」
よすがは勢い良く立ち上がり、ガクッと崩れると、そのまま前のめりに倒れた。俺は咄嗟に両手を延ばすが、彼女は俺をすり抜けてアスファルトに倒れ込んだ。よすがが俺を突き抜けている状態になってしまったので、俺は慌てて彼女の頭の方へ移動した。よすがは手をついて起き上がったところだった。
「大丈夫じゃねぇじゃねーか」
「足首をやられたみたいです……」
よすがは悔しそうにそう言い、足にまとわりついている白い布をめくった。日本人形みたいに白いよすがの肌だ。足首のあたりがうっすらと青く内出血しているのがよくわかった。これから思い切り腫れそうだ。
「どうする」
「戻ります」
「戻ってどうするんだよ」
「江戸川様に加勢しなければ」
よすがはそう言って、右足で踏んばって立ち上がった。俺も立ち上がり、よすがの正面に立った。
「無理だろその怪我で」
「あなたと違って飛べるんですよ。問題ありません」
「問題あるだろ。飛んでたって結局霊子で足場作ったりするんだろ」
よすがは黙った。俺も続く言葉が浮かばず口を閉じる。よすがが震えた長い息を吐いた。
「……じゃあどうすればいいんですか」
震えていたのは息だけではなかった。よすがは水の膜が張った瞳でキッと俺を見上げると、泣きそうな声でそう言った。
よすがはすごく真剣だ。心から神様に尽くしていて、きっと尊敬していて、そして今役に立てないことが悔しいのだ。頼られたのに、その期待に応えられないことが悔しい。
「わかった、なら戻ろう」
俺がそう言うと、よすがはズズッと鼻水をすすって言い返す。
「戻ってどうするんだって言ったのはあなたじゃないですか」
「やれることをやろう」
「元からそのつもりです」
ふわっと浮いたよすがに、俺は一番大事なことを伝えた。
「でも、やれることしかやるなよ」
よすがは俺に目を向けたが、結局何も言わなかった。




