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サングラム  作者: 國崎晶
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俺と真夜中の最低8




幽霊とよすがが帰ってきたのは、俺が家についた時間とそう大差はなかった。

もう夕方だし出かけることもせず家でダラダラしようと決め、部屋着に着替えてベッドに横になり、無料動画サイトのYouerTubeでお気に入りのバンドの新曲を聴いていたら、天井から幽霊がにゅっと首を出したのだ。

「うおっ、びっくりした」

「ただいま和輝」

「どこ行ってたんだよ」

「忘れ物取りに行ってた」

「嘘つけ。その忘れ物って風子に何か言い忘れたとかそういう意味か?」

幽霊はスッと部屋に入って、折り畳んである敷き布団の上に座った。

「んー、まぁそういう感じ」

「なんだよ。また秘密か?」

「和輝には知られたくないんだ。がっかりすると思うから。オレもそうだったし」

「なぁ、それなんだけどよ」

俺は上体を起こすとベッドの上であぐらをかいた。先程耳から外したイヤフォンがコロコロと脚の周りを転がる。

「それどういう意味なんだ?」

「?そのままの意味だけど」

「いや、俺なりにお前がそう言う意味を考えてみたんだけどよ、」

「考えなくてもいいよ」

「いいからとりあえず聞け」

幽霊は若干姿勢を正した。釣られて俺の背も伸びる。

「いいかお前は神様だ。その木下さんが天国にいるなら、お前の顔は知っているし会いにだってこれるはず。でもお前が天国の木下さんを諦めて地上で想い出探しなんぞしているのは、木下さんが会いに来なかったからじゃないのか?つまり、俺が天国に行く頃に、水祈の気持ちが冷めていて、俺がショックを受けるんじゃねぇかとお前は心配してくれているわけだ」

一気にそこまで言って、俺は口を閉じた。幽霊はニコッと微笑んだ。俺は拍子抜けする。

「いい推理だ」

「正解なのかよ」

幽霊は立ち上がると、俺を見下ろして言った。

「いい推理だから、それを正解にしよう」

「ってことは不正解なんだな?」

今にも飛び立とうとする幽霊を、俺は「待て」と引き止める。踵が床から離れた幽霊は、再び俺に目を向けた。

「いいか、俺はお前と同じにはならない」

「オレはそうは思わないけど」

「いいや思うね。俺はお前みたいに女々しくないし、こうやって冷静になる時間もある。俺の人生設計では天国に行くのは六十年後だ。その頃には気持ちの整理もついてるさ」

「そうか」

あっさりとした響きのその返事に、俺はついムッとして続ける。

「いいか、そもそも俺はそのうち恋愛して結婚して子供を作って八十までに大往生の予定なんだ。お前からしたら淡白に聞こえるかもしれないが、俺は一生水祈だけを愛して死ぬなんてことはない。俺はそのうち別の誰かを愛せる予定なんだ」

幽霊は完全に床に足をつけると、俺の前を横切るようにニ、三歩歩いて、無意味に袴の裾が纏わり付く足先をぱたぱたと振った。何と返そうか悩んでいるのだろうか。

「そうなったら、和輝はきっとその別の誰かのことを大切に思うんだろうな」

「そりゃそうだろ。愛もなくとっかえひっかえみてーな器用なこと俺はできねぇぞ」

その時、フッと部屋が薄暗くなった。太陽に雲がかぶさって、窓から入ってくる光が少なくなった為だろう。幽霊がこっちを向いて、その天然パーマがふわふわと揺れた。

「やっぱり、さっきのを正解にしよう。いい推理だった」

窓に背を向けている幽霊の顔には、外界から射し込むわずかな光は当たらず、その表情は読み取りづらかった。見えているはずなのに、目や口の輪郭がぼやけていて、彼の心情を上手く掴めない。

俺が咄嗟に何も返せないでいるうちに、幽霊はパッと着物を翻すと「夕飯までには戻る」と言い残して天井の向こうへ消えていった。雲が晴れてきたのか、窓から射し込む光がゆっくりとその面積を増やして、先程まで幽霊がいた場所を柔らかく照らした。

「結局言ってくれねぇのかよ」

そうぼやいた声が部屋の中に溶けて混ざった。





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