俺と真夜中の最低7
「まぁ、まだ何も見つかってないからな。風子と悠葵が手伝ってくれるんなら大助かりだぜ!」
さすが神様。人類の代表。真っ先に口を開いたのは幽霊だった。しかも雰囲気的に締めの言葉だ。俺は仕切るのは得意じゃないから、もう全部こいつに任そう。
「わたし達でお役に立てるかどうかわからないけど、頑張ろうねっ!悠葵ちゃんっ!」
「うん。わたし毎日暇だから全然手伝うよー!」
友達もおらず、仕事以外に予定のない現状だったのだろう。風子もうきうきしているように見える。
俺達はその場で別れた。次の予定はまた連絡を取り合う約束をしている。それまで、各々木下佳子について調べておく。俺と幽霊とよすがは泉町駅へ向かった。
来た時の道を逆向きに辿る。四、五回程角を曲がった時だろうか。幽霊が急に大きな声で「あ!」と言った。全員思わず足を止める。
「なんだよ」
「忘れ物した!」
「は?」
「忘れ物した!さっきの店に!取ってくる!」
幽霊はそれだけ言うと、ふわっと浮いてそのまま空を飛んで行った。
「は?おい、ちょっと、」
「お供致します!」
「はぁあ!?」
よすががスッと動いたかと思うと、幽霊を追ってピューンと飛んで行ってしまった。二人の姿はあっという間に視えなくなる。
「なんなんだよ……」
二人の行動に疑問は残るが、飛んで追えるわけじゃない。俺は数秒その場で固まったが、気を取り直して駅へ向かった。
だいたい、忘れ物なんて明らかな嘘誰が信じるんだよ。お前が何をどうやって忘れることができるっつーんだ。
急に周囲が静かになって、それから次第に車の走行音や遠くではしゃぐ子供達の声が耳に入るようになった。
そういや、ちょっと前まではこういう時間によく水祈のことを考えていたっけ。
泉町駅に着くと、電車は相変わらず遅延していたが、概ね問題なく動いていた。タイミング良くやってきた電車に乗り込み、野洲駅を目指す。
どうやら遅延による人の波は収まったようで、車内はポツポツと席が空いていて、俺はうまい具合に座ることができた。
車内のところどころで生まれているお喋りが、耳に入ってそのまま抜けていった。
珍しく隣に幽霊がいない。俺は自分の世界に浸っていた。もう何度も思い返した彼女のことを考えているのだ。
目を閉じると辺りの音がよく聞こえるようになった気がした。ドア近くの女の子二人組がお喋りする声、隣の席の若者のイヤフォンから漏れる音楽、後ろの席のおっさんの空咳。だがそれも直ぐになくなり、今度は全ての音が遠く感じるようになった。集中しているんだとわかった。
集中している?何に?昔はいつでもどこでも考え事をしていたものたが、最近はそういうわけにもいかなかった。何せ常にすぐ近くに霊が二人もいて、それがわちゃわちゃといつもうるさいのだ。こうやってぼーっと何かを考える時間は、もうほとんどなかった。
俺は記憶を辿っているのだ。記憶ってものは酷く曖昧で、どんなに忘れたくないことでも脳から消えてしまったり、都合のいいように勝手に改竄されたりする。俺は忘れたくない思い出を忘れないために記憶を辿るのだ。この先俺が社会人になって、結婚して、子供が生まれて、よぼよぼになって死ぬまで、この想い出を俺の中に残すために、何度も何度も同じ記憶を辿るのだ。
その時、記憶の中で俺に向けられた瞳が風子の黄緑色のものに変わり、俺はハッと目を開いた。隣の若い男性がチラッとこっちを見たが、すぐにスマートフォンの操作に戻る。
車内のそこかしこで音が生まれている。部活帰りの男子高校生がじゃれ合う声、通路を挟んで隣のサラリーマンがノートパソコンを叩く音、俺の呼吸の音。俺はもう目をつむることができなかった。




