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サングラム  作者: 國崎晶
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俺と真夜中の最低6




「あ、あのね、最後に、みんなにわたしの友達を紹介しようと思って」

お開きムード漂うテーブルに、静かに爆弾を落としたのはまさかの風子だった。

「えっ!?」

「友達!?」

俺と幽霊の声が重なる。風子はこくりと頷いた。

え!友達って何だよ!お前友達いんのかよ!さっきまでの会話は何だったんだよ!

「ちょっと待ってて、呼んでくるからっ」

風子はそう言い残してトタトタと入り口のドアの方へ駆けていった。呆然とした三人が残される。俺達はお互い顔を見合わせたが、誰も口を開くことはなかった。

四、五分して風子が戻ってくる。彼女が連れている者を見て俺達はギョッとした。風子が連れているのは小学校低学年くらいの女の子だ。レモン色のワンピースを着て、中途半端に伸びた髪を肩の上でおさげにしている。いや、そんなことはどうでもいい。俺達が驚いたのはそこではない。

「風子、お前……」

「友達の悠葵(ひまり)ちゃん。まだ八歳なんだ」

「いや、だってその子……」

風子に紹介された悠葵ちゃんは、丁寧にぺこりとお辞儀をした。店内のライトを浴びてツヤツヤと輝くその黒髪の上に、光を放つ天使の輪が乗っていた。

「悠葵ちゃんは霊体なの。でも、みんなになら紹介してもいいかなって思って……」

「そっか……。とりあえず座れよ。その、悠葵ちゃんも」

「悠葵ちゃんは浮けるから大丈夫だよ」

風子はイスに収まり、悠葵ちゃんはその隣に立っている。八歳の悠葵ちゃんは、俺達から見るとテーブルの上から首だけ出ていて、まるで生首だ。俺の視線に気がついたのか、悠葵ちゃんはニコッと微笑んだ。

「良いのですか?風子殿。その……兄上は霊がお嫌いなのでは」

「うん。だからお兄ちゃんには秘密なの」

風子と悠葵ちゃんは「ねーっ」と言って微笑みあった。その光景に、俺はつい吹き出してしまう。驚いた四人が俺に目を向けた。

「いや、悪い。お前もちゃんと兄貴に反抗できるんだな。栗生の奴もざまぁねーな」

「反抗ってほどじゃ……。でも、お兄ちゃんに教えたら絶対に除霊されちゃうし……」

風子はもじもじしながらそう弁明した。どうやら、これが反抗だと認めるのは怖いらしい。栗生に隠し事をすることで風子が個人としての自覚を強めたり、自信がついたりすれば良いのだが、そう簡単な話ではないようだ。元来引っ込み思案な性格なのだろう。

「今日ね、和輝君達がここにいるって見つけてくれたのも悠葵ちゃんなの」

「風子ちゃんと違って、わたしは空を飛べるから」

生首……もとい悠葵ちゃんが俺達を発見した術を説明する。先程のお辞儀もそうだっが、八歳にしてはしっかりした子みたいだ。しっかりしすぎていて可愛げがないと言われればそうなのだが。

「悠葵はいつ風子と友達になったんだ?」

幽霊はテーブルにもたれるような姿勢で悠葵ちゃんと目線を合わせた。五分の三が霊体のこの状況……俺の日常ってもう戻ってこないのかな。

「どれくらいだろ。もう一年くらい経つかな?」

「出会ったの、ちょうど桜が散り終わったくらいだったと思うよ。最近暑くなってきたなぁって思ってたところだもん」

「じゃあ、ちょうど一年くらいかな」

悠葵ちゃんはハキハキした声で答えた。よすがが何か尋ねようとしたが、彼女は結局口を閉じた。そのすぐあとに幽霊が喋り始めた。そもそも会話の真っ最中なのに、よすがが口を開いて閉じる程の間があいたことも不自然だ。

「そうなのか。よく二人で遊んでるのか?」

「そうだよ。だってわたしのこと視える人、今までに風子ちゃんしか会ったことないもん」

「へぇ、いいな。オレもオレのこと視える人和輝しかいなかったからわかるよ。普段どんなことして遊んでるんだ?」

「お喋りとかかな。風子ちゃんあんまり遠くまで行けないし、それに人が多い場所で私と話してると、風子ちゃん、変な目で見られちゃうから」

風子が「わたしは気にしてないよ」と言い、悠葵ちゃんは「わたしが気にするの!」と返した。

「悠葵殿は霊体になってからすぐ風子殿と出会われたのですか?」

よすがに話しかけられて、悠葵ちゃんは顔の向きをそちらに変えた。よすがは表情が柔らかくなるように努めているが、声に硬さが残っている気がする。もしかしたら子供と接するのが苦手なのかもしれない。こういうのは幽霊の方が得意そうだ……と彼の方を見ると、あまりにも真剣な顔をしていたのでドキッとした。どうやら悠葵ちゃんを見ているようだ。俺の視線に気付くと、幽霊は目尻を下げてふにゃっと笑った。

「うーん、どうだろう。あんまり覚えてないや」

「そうですか……。混乱しますものね。皆そういうものです。風子殿と出会ったのは桜が散った後だと伺いましたが、桜は咲いていましたか?」

「あっ、そう言われれば、たぶん冬の終わりくらいな気がする。しばらくしてから桜が咲いたの覚えてるもん」

「そうですか。では二月の末頃かもしれませんね」

それからよすがは「それか三月の初めか……」と口の中で呟いた。悠葵ちゃんには聞こえなかったようだ。

幽霊もよすがも聞くことがなくなったようなので、ようやく俺の番が回ってきた。気になっていたことがあるのだ。いや、むしろ、これを聞かずによく風子といつも何してるかだとか、出会うまでどれくらいだったかとか、そんなつまらないことが聞けたもんだ。

「なぁ、悠葵ちゃんは一年以上こっちに留まってるんだろ。何かやり残したことがあんのか?」

「やり残したこと?」

悠葵ちゃんは表情にクエスチョンマークを浮かべる。そのクエスチョンマークに俺も同じような表情になったところで、テーブルの上でガチャンと音がした。幽霊が水の入ったグラスを倒したのだ。テーブルに水溜まりが広がる。

「ったく、何やってんだよ」

「すまん」

「そんなビラビラした服着てるからだろ」

俺がぶつくさいいながら自分のおしぼりでテーブルを拭いていると、台拭きを持った店員がやって来た。

何となく居心地が悪くなって、テーブルを拭き終わると俺達は立ち上がった。レジでお会計をしてそそくさと店を出る。

ドアに取り付けられたベルが、チリンチリンと俺達を暑い日差しの下へ放り出した。店の前で五人は顔を見合わせ、しばらく誰も何も言わなかった。





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