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サングラム  作者: 國崎晶
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俺と真夜中の最低5




俺達三人は、進捗具合を風子に説明した。幽霊が探しているのは愛しの人だと話すと、彼女は「素敵」と目を輝かせた。栗生に隠れて見えづらいが、風子にもちゃんと人格があるようで安心した。

「そっか、もう亡くなってる人なんだもんね……」

「ああ。きっと今も天国にいる。幸せに暮らしてるはずだから、オレは想い出だけで十分だ」

「でも、その佳子さんも、文太郎君に会いたがってるかもしれないよ」

風子の言葉に、幽霊は困ったようにちょっと首を傾げて、結局「風子は優しいな」とトンチンカンなことを言った。俺はその瞬間ハッと息を呑んだ。

周りのことなどすっかり忘れて思考に没入する。そうか、よく考えれば、この幽霊は神様だ。世界で一番偉い存在だ。そんな者の顔を知らない奴はいないだろう。つまり、会いに行こうと思えば会える。それをしないということは、木下佳子はこいつに会いたくないということだ。

俺は先程の幽霊が言った「幸せに暮らしてるはず」という言葉の意味を理解した。木下佳子が会いに来ないことなんて当然こいつは気付いている。だからこそ、直接本人に会うのを断念して想い出探しなんてしているのだ。もしかしたら、いや、きっと、木下佳子には今別の想い人がいるのだろう。天国に結婚という制度があるかは不明だが、ともすれば家族だっているかもしれない。

俺は隣の幽霊の肩をポンポンと叩いた。

「どうした?和輝」

幽霊が不可解そうな顔をこちらに向ける。四六時中能天気な締りのない顔をしているこいつには珍しい表情だ。

「いや、なんでも。応援してるぜって思ってな」

「そ、そうか……。ありがとな」

幽霊は木下佳子に会うのを諦めている。いつだったか忘れたが、前にこいつに「きっとオレみたいになっちまうから。そうなったらすごく苦しいから」と言われたことがあった。今ならその意味がわかる。

「まぁとりあえず、人数も増えたし、そのぶんやれることも多いだろ」

俺はテーブルの端に置いておいたスマートフォンを手に取った。

「連絡先交換しようぜ。こいつとよすがは呼べば来る距離にいるが、お前はそうはいかないだろ。事務所にかけたら栗生が出るだろうし」

「うん、わかった」

風子はのそのそと手提げからスマホを取り出した。赤を基調とした和柄の手帳型のケースをパカッと開く。よかった、スマホはちゃんと持っているらしい。時代錯誤な気配がぷんぷんするから、良くて簡単携帯かもしれないと若干危惧したが。

無事に連絡先を交換し、風子のアカウントを見てみる。アイコンはショートケーキの写真だった。カフェで食べたわけではなく、ケーキ屋で買ってきたものを自宅のテーブルで撮ったものらしい。タイムラインはアイコンを変えた時に自動で投稿されるものしか更新されていなかった。

「お前は普段いつが空いてるんだ?俺は基本放課後で、よすがは強いて言うなら昼間だが」

俺の言葉によすがが小さく頷く。平日は学校、土日にアルバイトをしている俺はもちろん放課後しか空いていない。逆に、放課後の時間帯にアルバイトをしているよすがはその他の時間はほとんど自由だ。幽霊に至っては土日のアルバイト以外は全編自由時間である。

「わたしも事務所が終わった夕方の方が時間が作れそう。でも、事務所を閉めた後の事務作業を全部お兄ちゃんがやってくれてるから、お兄ちゃんがお仕事終わるまでは出かけづらいかな……。その間お掃除もしなきゃだし……」

「そうか、なら土日の方が出やすいか?」

「うん、日曜日なら事務所はお休みだから、予約のお客さんがいなければ……。遠出の除霊のお仕事がある時もあるけど……」

「なら、俺達がバイトのシフト合わせて自由に動ける日作ろうぜ」

幽霊にそう提案すると、彼は「そうだな!」と快諾した。

「もしかしたら夜も出かけられるかも。お兄ちゃんに気づかれなければ……」

「栗生はお前が出かけるのを嫌がるのか?」

「ううん、そういうわけじゃないけど、危ないから用がないならむやみに外に出るなって」

「じゃあオレ達に会う用があるから大丈夫だな!」

「アホ。幽霊のお前に会うのを栗生は嫌がるだろうが」

「あっ、そっか。なら和輝に会うって予定なら大丈夫か?」

「俺もお前も栗生の中ではたいして変わんねぇと思うぞ」

幽霊は「そっかぁ……」と言いながら肩をすぼめた。黙って俺達の会話を聞いていたよすがが口を開く。

「失礼ですが、風子殿にご友人はどれくらいいらっしゃいます?別に我々と会うと言って出なくとも、ご友人と遊びに行くと言えば問題ないでしょう」

よすがの問いに、風子は困ったような眼差しを俺に向けた。何となくわかってはいたが、やっぱこいつ友達いないのか。

「あー、こいつ高校に進学しなかったらしくてさ。そのせいで友達とか少ないんじゃねぇの」

「そうなのですか。不躾な質問をしました。すみません」

よすがのその言葉に、俺と風子は安堵する。が、それも束の間、よすがはこう続けた。

「ですが、一人二人はいらっしゃるでしょう。そのご友人達を理由にするのが良さそうですが」

風子の表情を見るまでもなく明らかだった。たぶんこいつ友達一人もいない……。俺だって人のこと言えた身分じゃないが、きっと風子には本当にたったの一人も友達がいないのだ。

俺が何とフォローしようか悩んでいる間に、幽霊がバンとテーブルを叩いて立ち上がった。そしてこう叫ぶ。

「おい!よすが!もうやめてやれよ!風子には友達が一人もいないんだよ!」

幽霊にしては珍しく状況把握ができているが、全くフォローになっていない。店内にいるもれなく全員がこちらに注目しているし、風子は涙目になって俯いてしまった。何故こんなにも周りが見えないのだろうと呆れを通り越して畏れを抱くほどのテンションで、幽霊は続ける。

「よすがだって友達一人もいないんだから、わかってやれよ!」

今度はよすがが顔を真っ赤にして俯いた。爆撃だ……。テロだ……。次は俺に飛んでくるのでは……。

俺が震えながら死刑宣告を待っていると、幽霊がこちらを振り返って俺を見つめた。来た!衝撃に備えろ!

「和輝はオレという友達がいるからちゃんと汲み取れてるのにな!」

俺は顔を覆った両手の隙間から「あ、ああ……」という蚊の鳴くような返事をした。満足した幽霊は皆を見回し、そこでついでに周囲から向けられている眼差しにも気が付き、しゅしゅしゅ~としぼみながら腰を下ろした。まるで通夜みたいな静けさが訪れた。

「ま、まぁ、とりあえずだな、風子は何か買い物とか適当に理由つけりゃ大丈夫だろ。な!」

俺はわざとらしい咳払いを一つ二つするとそう言って、誰とも目を合わせないように全員を眺め回した。皆一も二もなく頷いた。




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