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サングラム  作者: 國崎晶
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俺と真夜中の最低4





俺と幽霊はおしゃべりをしながらよすがが食べ終わるのを待っていた。しかし、俺達の会話に結局よすがも入ってくるし、そもそも彼女はよく噛んで食べるタイプらしい。すっかり冷めたよすがのパスタを見て、俺はつい「それうまいのか?」と言ってしまった。

「美味しいですよ。失礼ですよ、店の人に」

「いやそういう意味じゃねぇよ。そんな冷めたらうまさも半減すんだろ」

よすがが更に何か言おうとした時、カフェのドアがベルを鳴らした。店員が「いらっしゃいませ」と顔を上げる。そして彼女は再び、入ってきた客を二度見した。

店員の反応が引っかかり、首をのばして入口を見てみる。俺は驚いた。風子がまごまごしながら店内を見回している。風子の服装を見て、店員は無意識のうちに俺達のテーブルに顔を向けた。同類だと思われたのだろう。

店の奥のテーブルにいる俺と、風子の目が合った。風子がパッと笑顔になる。俺を見つけて安心したらしい。彼女は俺の一つ年下だと言っていたが、まるで中学生でも見ているようだ。何かしでかさないかと不安になってくる。浮世離れしているからだろうか。それとも常識が通用しなさそうだからだろうか。

風子はカウンターの店員にペコッと頭を下げると、こちらに駆け寄ってきた。

「か、和輝君、まだ近くにいてよかった」

「ど、どうしたんだよ。栗生は?」

「お兄ちゃんはいないよ。一人で出てきたの」

俺は四人がけのテーブルで唯一空いている席、俺の対面でよすがの右隣の椅子を手のひらで指した。

「とりあえず座れよ」

「あ、あの……っ」

バッドタイミング。風子が喋り出そうとしたのに、思い切り被ってしまった。幽霊は俺と風子の顔を交互に見た。よすがはジトッとした目を俺に向ける。何だその目は、俺は悪くないぞ。

俺が黙っていると、風子は「あ、ありがとう」と呟いて、そそくさと椅子に座った。なんだか居心地が悪くなり、俺はもぞもぞと足を組み直した。

「な、何か頼むか?その……飲み物とか」

俺はメニューに手を延ばすが、そもそもメニューは幽霊のすぐ隣に置いてある。幽霊はサッとメニューを取ると風子に差し出した。俺は無言で手を引っ込める。

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

四人もの人間がいるのに、完全なる沈黙が続いた。風子はドリンクのページを何度も何度もめくっている。決めかねているらしい。

「そのキャラメルマキアートってやつ美味かったぞ!」

風子がメニューをめくる音だけが聞こえる空間を幽霊がぶち壊した。彼は自分の飲みかけのドリンクを指差して風子にアピールする。

「じゃ、じゃあわたしもこれにするっ」

風子が背後のカウンターを見たが、店員はこちらに背を向けて作業をしていた。なかなか声をかけない風子を見兼ねて、俺は「すみません」と声を出した。振り向いた店員に「注文お願いします」と続ける。

伝票を片手にやってきた店員に、風子がか細い声で「これを一つお願いします」と、メニューに人差し指を乗せた。店員は「キャラメルマキアートがお一つですね」と注文を確認し、風子がコクリとうなずいた。

きっと大きな声を出すのが苦手なのだろう。小学校でも中学校でも高校でも、そういう奴はクラスに一人はいた。人前で発表したりなんかも不得意そうだ。まぁ、大きな声を出すのは俺も得意ではないが。

他に注文がなかった為か、キャラメルマキアートはすぐにやってきた。それまで皆黙っていた俺達四人だが、そろそろ話を進めるべきだろう。風子が一口飲んだところで、俺は声をかけた。

「で、どうしたんだよ。俺達に何か用なのか?」

「う、うん、ええと……」

風子はグラスをテーブルに置き、指先についた水滴をおしぼりで拭き取った。そのままおしぼりを指先で弄ぶ。

俺達は風子が次の言葉を発するのを大人しく待った。

「あのね、さっきお兄ちゃんがお手伝いするの断ったでしょ?文太郎君の大切な人を探すの」

「うん」

幽霊の名前が出てきて、俺ではなく幽霊が返事をした。幽霊は首をコクリと縦に振ったのだが、おしぼりに注目する風子の目には映らなかった。

「あの、それ、わたしもお手伝いさせてもらいたいなと思って……」

「えっ、本当か!?」

幽霊が大きな声を出し、風子はようやく顔を上げた。ちなみにカウンター越しに店員もこちらに目を向けた。

「う、うん、力になれるかわかんないけど……」

「いや、すげー嬉しいぜ!ありがとな!」

幽霊がバッと手を差し出し、風子はそれをおずおずと握った。幽霊は握り返した手をぶんぶんと上下に振る。

「おいおいちょっと待て」

「ですが江戸川様……」

俺とよすがが声を発したのは完全に同時で、俺達は顔を見合わせた。どうやら考えていることは同じらしい。俺達は無言のまま説明役を譲り合い、結局よすがが口を開いた。

「江戸川様……と風子殿。その申し出は大変ありがたいのですが、風子殿の兄上は反対なさるのでは?」

「そ、そっか……」

幽霊は風子の手を握ったままそう漏らし、風子は手を握られたまま再び俯いた。風子だってそれがわかっているから一人で来たのだ。俺が気になるのは、何故栗生に逆らってまで俺達の味方をしてくれるのかだ。

「そうだよな、風子。恭也には言わずに来たんだろ?大丈夫なのか?」

さすがの幽霊でもそれくらいはちゃんと察しがつくようだ。空気読めないからな、こいつ。

「大丈夫……。お兄ちゃんはああ言うけど、わたし優しい霊もいるって知ってるの。だから、きっと文太郎君も優しい霊だから、お手伝いしたい」

風子はそう言うと、俺の顔を見て、幽霊の顔を見て、よすがの顔を見て、最後にまた俺の顔を見た。言いたいことを言い切ったのか、キュッと口を結んでいる。俺は意識的に表情を柔らかくした。

「そうか。助かる。……それと」

俺は幽霊の手首を掴むと、未だに握っている風子の手から無理矢理引っぺはがした。

「お前はいつまで握ってんだよ!」

一ヶ月間三人組だった俺達は、今度は四人組になった。





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