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サングラム  作者: 國崎晶
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俺と真夜中の最低3




泉町駅に到着して、俺は思わずため息をこぼした。たいして大きな駅でもないのにホームがやたら混んでいると思ったら、人身事故で電車が大幅に遅れていたのだ。天井からぶら下がっている電光掲示板の【85分遅れ】の文字を見て、俺は再びため息をついた。

「すげー人だな。何があったんだ?」

「電車が遅れてんだよ。八十五分遅れは確定。もっと遅れるかもしれん」

「そうなのか!……ってことは、帰れないってことか?」

「よくわかったな。その通りだよ」

俺と幽霊の会話を聞いていたよすがが割り込んでくる。

「困るのは朝波氏だけでしょう。江戸川様と私は飛んで帰れる」

「お前ほんと冷淡だな。感情息してるか?」

「何故わざわざあなたに付き合う必要があります?用は済んだのでしょう?」

「マジで言ってそうだから怖えーよ」

幽霊は俺とよすがの顔を交互に見ると、最終的によすがの方を向いてこう言った。

「俺は和輝と電車を待つよ。一人だと和輝も寂しいだろうし」

そう言われたよすがはもちろんこう言う。

「それでしたら私もご一緒致します」

何て無駄な会話だったんだ。俺はまたため息をついた。電車に大幅な遅延が発生した駅内は人口密度が高く、そのせいで皆ピリピリしている。そりゃあため息も湧いてくるわな。

「なぁ、どっか飯食いに行かねぇ?ここにいると気が滅入る」

「いいな!和輝と外で食べるの久しぶりだ!」

幽霊も賛同したことだし、よすがに拒否する理由はないだろう。俺はさっさと改札へ向かった。

もう改札を通ってしまっていたので、窓口で説明して返金してもらう。「遅延で予定がなくなって」と説明したら「申し訳ありません」と言われて少し心が痛んだ気もするが、階段を降りきる頃には忘れていた。

知らない土地なので、スマホの地図アプリで適当に周辺にある飲食店を調べる。入りやすそうな雰囲気のカフェがあったので、そこに決めた。女子受けを狙ったようなキラキラしたカフェだと入りづらいが、個人でやっているような素朴なカフェなら億せず入れそうだ。

地図アプリを駆使してカフェに辿り着き、ドアについているベルの音を聞きながら店内に足を踏み入れる。思っていたより空いていた。昼食と夕飯のちょうど間の時間で、偶然にも上手く混雑を避けれたようだ。何時間も居座っているような、お一人様の常連客っぽい人がちらほら目に入った。

「いらっしゃいませ」

カウンターで皿を洗っていた店員が、思わずこちらを二度見した。そりゃそうだ。見たこともないようなビラビラした和服を二人も連れているのだ。よすがの格好など、ガチめの天使のコスプレですと言っても皆信じるだろう。

「どうぞ、奥のテーブルへ」

それでも店員は何とか平静を装い、努めて自然な調子で案内した。俺達は指示されたテーブルに座る。すぐにお冷が運ばれた。

「メニューはこちらになっております。ランチタイムが終了しておりますので、このページ以降からお選びください。ドリンクメニューはこちらです」

店員はそう説明して俺にメニューを手渡すと、カウンターへ戻った。メニューは手作りだった。写真を切り貼りし、手書きで文字が添えてある。先程の店員は三十代後半くらいの女性。一人でやっているか、夫婦で経営しているかだろう。そう予測した瞬間、カウンターの奥から、ガサガサというビニール袋の音と共に旦那らしき男性が現れた。どうやら買い出しに行っていたらしい。

「何か上にある店の雰囲気と似てるな!」

店内をキョロキョロと見回していた幽霊がそう言った。上というのは天国のことだろう。

「そうなのか?どの辺が似てるんだ?」

「うーん、何ていうか……温かみ?がある感じとか」

「地上にあるようなファミレスはありませんからね。向こうでは個人が営んでいる店が多いです。飲食店に限らず、床屋や食料雑貨店などもそうですね」

よすがの説明に俺は純粋に「へ~」と応えた。

「つーか、お前ファミレスなんて言葉どこで覚えたよ」

「そんなもの、バイト先の店長やお客様、それに瑞火様との会話からいくらでも学べます」

「カタカナを使いこなしてやがる……」

「すげーな、よすが!」

俺達はメニューをめくり、適当にパスタとドリンクを注文した。各々が金を稼ぐ術を覚え自立したことが、こんなに安心感に変わるなんて。二人はつい先週が初給料日で、その日を境に俺からの金銭的援助はストップしていた。

「よすが、こいつにもこっちのことを教えてやったらどうだ」

注文を取った店長がカウンターに戻ったのを皮切りに、話を再開する。

「江戸川様が仰るなら、私の浅い知識でよろしければお伝えします」

「おおー!よすがに教えてもらったらすぐ覚えれそうだぜ!」

「私が知っていることなど、江戸川様ならすぐにご自身の知識にできるものばかりですよ」

「そんなことねーよ!やっぱりよすがは物知りだな!」

「お前ら上でもそんな会話してそうだよなぁ」

よすがには、アルバイト先で幽霊が若干浮いているのではないかという意見を伝えた。浮いているというのは、物理的にではない。集団の協調から除外されているのではという懸念だ。もちろん幽霊だから物理的に浮くこともできるのだが。

「なんかさ、もっとこっちに馴染むコツみてーなもんを伝授してやってくれよ」

「そんなものがあったら私が知りたいくらいですが」

「いやお前めちゃくちゃ馴染んでんじゃん」

よすがの花屋での仕事ぶりを見るに、もはや地上の人間と言っても過言ではない。ぶっきらぼうの無愛想でコミュ障なのかと思っていたが、驚異的な溶け込みっぷりである。

とりあえずよすがが実践したことを幽霊に指南するとこに話は纏まった。ちょうどいいタイミングで料理が運ばれてくる。俺が注文したカルボナーラだ。いの一番に運ばれた俺のカルボナーラだが、俺達は他のやつの料理が来るのを待ったりしない。俺はフォークを掴むとさっさと麺を巻き付けた。

次に来たのは幽霊のトマトクリームパスタで、彼もやはりよすがを待たずに食事を開始した。もちろんよすがは文句一つ言わない。

よすがのバジルソースパスタが運ばれて来たのは、俺と幽霊がほとんど食べ終わった後だった。




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