俺と真夜中の最低
よすがの存在を栗生に話すか否かの談論で、俺と幽霊は「話す」という結論を出した。
理由の一つ目。話さなかった場合、俺達と栗生達の間に溝ができる可能性が大いにあるからだ。隠し事をするのは信用問題に関わる。俺達はいざとなった時栗生に頼る気満々だった。その時にこちら側の戦力が減るのは困る。
二つ目。ではその信頼関係が崩れたとして、栗生が仲間でなくなるどころか、敵になる可能性がある。つまり、幽霊やよすがを祓ってしまうということだ。栗生は元々極度の霊嫌いだ。祓われると消滅するのかはわからないが、幽霊はそれは大いに有り得ることだと言っていた。何でも、天国では霊子の分解と結合で建築を行うらしい。魂の霊子同士の結び付きは無生物のそれの比にならない程強い。だが、霊子である以上、分解することができるのだ。魂の分解、成仏、それはすなわち霊にとっての死だ。
三つ目。これは幽霊と栗生との間に交わされたものだが、何か変化があったら報告する約束があるらしい。お互いにだ。人道に則ってその約束を律儀に守ろうってわけだ。
というわけで、俺と幽霊はよすがを連れて栗生除霊霊媒事務所へ来ていた。最寄り駅である泉町駅まで八駅もかかるので、正直来るのは少々面倒くさい。よすがなど、わざわざ電車で移動することに隣でネチネチ嫌味を言っていた。お前はピューっと飛んで行ったらいいんだろうが、俺の背中に羽根は生えてないんだよ。
日曜日の昼間の電車は割と混んでいて、俺はずっとドア付近で壁にもたれて立っていた。駅に止まるたびに人が出入りし、幽霊とよすがの身体を突き抜けていく。つい躱そうとふらふら揺れる幽霊に対し、ドシッと構えて一歩も動かないよすがの対比が面白かった。俺が喋れないので、電車が動く間二人はずっとおしゃべりをしていた。どうやら神殿の仕事仲間の話のようだった。
栗生除霊霊媒事務所が一室を借りているビルは、雨や排気ガス、泥などでくすんでしまった白色の壁をしている。四角い作りに、四角い窓が等間隔に並ぶ、至って普遍的な建物だった。そのせいか、二階に貼り付いている看板の異様さは目立って仕方がなかった。
一階の雑貨屋の前を素通りし、サイドに取り付けてある階段を上がる。太陽が当たらないために少しひんやりした階段を上がると出てきたドアを、握った拳で軽く打った。中から「はーい」という風子の声が聞こえる。俺の心臓は無意識に心拍数を上げた。
ガチャリと音を立てて目の前のドアが開いた。風子が長い白髪を揺らして顔を出す。巫女装束の袖をたすき掛けしている。掃除中か料理中かだったのだろうか。
「あっ、和輝君」
「よう」
「どうぞどうぞ、上がって上がって」
風子はススッと身を引いて、俺達を招き入れた。俺の後ろをついてきた幽霊に「こんにちは」と微笑み、その後ろに続くよすがを見て目をまん丸くした。
「えっ、あ、新しい人がいる!」
びっくりしたらしく、風子は両手を口に当てる。よすがはペコリと小さく頭を下げた。風子の少し大きめの声を聞きつけて、栗生が奥のドアから飛び出してくる。
「風子!どうした!」
そして俺を見て、幽霊を見て、よすがの顔の上で視線を止めると、彼はあからさまに顔をしかめた。眉間のシワがあまりにも深い。栗生のその視線を受け止めて、よすがは睨むように見つめ返した。
「と、とりあえず、お茶を淹れるので……どうぞ……」
風子はおずおずとソファーへ促した。睨み合ったまま誰も動かないので、俺は内心でため息をつくと、栗生とよすがの視線をぶった切るようにソファーへ進んだ。




