俺とあの日の記憶3
どうやら大名との関係は良好なようで、よすがから大名への不満を聞くことはほとんどなかった。
もともと大名もよすがも淡白というか、自分は自分というタイプで、周りが何をしていようがあまり気にならないのだろう。一人と一羽の共同生活は順風満帆なようだ。
俺と幽霊はほとんどの時間を共に過ごしているが、大名とよすがは違うようだ。大名は定刻に登校し、よすがは気まぐれに現れる。一日中学校に姿を見せない日もあった。大名とはバラバラに、同じ家に帰る。おそらく、大名には霊体状態のよすがが見えないことが原因なのだろう。
よすがとは定期的に報告会を開いているので、家での大名の様子も多少は聞いている。大名は現在父親とふたり暮らしだが、夕飯は別々に食べる。父親は大阪に職場があるらしく、大名が起きるより早く家を出ていく。仲が悪いようではないらしい。単に、大名が関わりを持ちたがらない。父親は何故か大名に気を使っているように見える、とよすがは言っていた。急に思春期の娘とふたり暮らしになって、接し方がよくわからないのだろうというのが俺達三人の結論だ。
俺はよすがに、大名の家には仏壇があるかと尋ねたことがある。どうやら幽霊はよすがに何も話していないらしく、よすがはただ一言「そんなものはありませんでしたね」と答えた。聞かなければよかったと後悔した。その後よすがは「神様がすぐ近くにおられるのに仏壇とは」とヘブンジョークを言ったが、俺の耳には入っていなかった。幽霊が露骨に話題を変えた。
よすがは野洲高校の近くの花屋でのバイトが決まったらしい。地上に降りてきてわずか二週間でバイトを始めるとは、恐ろしい順応性だ。金が貯まったらそのうちスマートフォンを買うとかなんとか言っている。そんなもの買ったって俺と大名とバイト先くらいしか登録する連絡先は無さそうだが。
それにしても、よすがが花屋とは。あの仏頂面で花を売るのか。想像すると笑えるな。今度幽霊と一緒に、よすがの仕事姿を見に行こうと喋っている。俺や幽霊と違って、よすがは学校終わりにもバイトをしているのだ。
定期連絡では、よすがは日中約束通り木下佳子を探しているらしい。木下佳子に繋がる情報がないか、まずは市や県の資料館を巡り、行き尽くすと昔の家系図などが残っていそうな家をしらみ潰しにあたっているとのことだ。霊体なら不法侵入にならない。
よすがの報告を、幽霊は気まずそうに聞いていた。そりゃそうだ。無関係なよすがは真面目に行動しているのに、幽霊ときたら俺や大名の周りをフラフラフラフラ。どう見てもサボっている。しかも、よすがが報告に来る一瞬前までベッドで横になって漫画を読みながらゲラゲラ笑っていた。この体たらくで世界のトップなのか。いや、この体たらくだからなのか?トップとはかくもこうあるべきなのかもしれない。
しかしよすがの調査は全て空振りに終わっているようだ。どこの資料にも【木下佳子】という記載は見当たらない。そもそも木下佳子が生前この辺に住んでいたかも定かではない上、彼女はおそらく何の取り柄もない一市民だっただろう。例えば町を仕切っていたとか、何かの団体のリーダーだったとかなら名前が残っている希望もあるが。
そもそも、この幽霊が彼女についての情報をほとんど教えてくれないのが問題だ。教えてくれたのは名前、容姿、この辺に住んでいたであろうということと、亡くなった時のだいたいの年齢。これくらいだ。お前達は他人だったのか?とツッコミを入れたくなる程の情報の無さだ。彼女の性格についても尋ねてみたことがあったが、言葉を濁すだけで結局何も教えてくれなかった。お前ら確か両想いだったと言ってなかったか?単なるストーカーだったんじゃないか?
それでもそうツッコミを入れなかったのは、もし俺が水祈について同じことを言われたら、そいつを縊り殺してしまうだろうと知っているからだ。
幽霊は木下佳子について曖昧なことばかり言うが、彼女のことを本当に愛しているのだということは信じている。静かに寄せては返す湖岸の波を思い出す。あいつは今も彼女の姿を探している。
この一週間見ていて思ったのだが、よすがは実によく幽霊に尽くしているようだ。自分とは何の関わりもない木下佳子を、幽霊のためだけに探し回っている。しかも、どんなに探し回ったって彼女には会えないのだ。転生をしていない彼女は、まだ天国にいるはずだから。幽霊の心が満たされたら帰るという、そんなワガママみたいな条件の為だけに駆けずり回っている。
俺だったらそんなことできるだろうか。例えばそれが親だったとしても。俺の父親が、亡くなった母さんとの想い出に会いたいとか言い出したとして、そんなゴールの見えない作業に付き合えるだろうか。俺にはきっと無理だ。それを肉親でもないただの上司の為だけにやっているのだから、よすがはよくわからない。
一週間しっかり観察したが、よすがについて俺が知っているのは、幽霊に尽くしているということくらいだ。よすがは幽霊に早く天国に戻ってきてほしいから、想い出探しに尽力している。しかもこいつは違反をしているのだ。無断で地上に降りるという違反がどれ程の重罪なのかはわからないが、つまりそれは、よすがは神殿やルールにではなく、この江戸川文太郎という一人を心服しているということだ。
たしかに幽霊は愛嬌がある奴だと言えるのかもしれないが、職場ではそんなに慕われているのだろうか。上司っぽくない雰囲気がウケているのかもしれない。支持率という概念は存在するのだろうか。まぁ先代の神はめちゃくちゃな奴だったみたいだから、その反動で好感度は高くなっているというのはあり得る話だ。
そんな支持率爆高のこの神様だが、アルバイトの面接を受けたスーパーから連絡がきて、来週の土日から品出し係として働くことになった。




