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サングラム  作者: 國崎晶
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俺と神様の理屈5


 

俺の家に住み着く天使が二匹になった。

いや、正しくは二羽なのか。ともかく、幽霊の口添えでよすがまでこの家を出たり入ったりするようになった。幽霊曰く「いつでも連絡できる方がいいし、今はよすがも追われる身だしな!」とのことだ。ここは老人ホームじゃねーぞ。

俺の部屋に帰って、スウェットに着替えて、ゆったり寛いで話を聞いた。よすがは単独で地上に降りてきたとのことだ。つまり、先日の団体さんとは別である。しかし律儀に門で通行確認をしてから来たため、これ以上戻るのが遅くなれば疑われ、幽霊の言うところの「追われる身」になるだろう、だそうだ。

「よすがはオレの為に危険を承知で降りてきてくれたんだな。ありがとな」

「とんでもございません。側近としてお側でつかえるのは当然ですから」

鳥肌が立つような会話である。

天使達についての話や、幽霊の想い人を探す作戦を相談する前に、一つ言っておかなければいけないことがある。この家で暮らすにあたってのルールだ。俺は時計に目を向けた。母さんが夕飯を作り終えるまであと三十分ってところだ。

「いろいろ話す前に、お前達に言っておかなければいけないことがある」

勉強机に座る俺がそう切り出すと、ベッドに腰掛けていた幽霊と、その傍らに立っていたよすがが同時にこちらに顔を向けた。

「何ですか、言ってみなさい」

「食べ物についてだ」

「食べ物?」

よすがは何故こんなにも高圧的なのだろう。という疑問は置いておいて、話を続ける。こんな些細なことにいちいちツッコミを入れていたら時間がいくらあっても足りない。

「幽霊よ、俺はいつもお前の分の飯を用意していたな。俺の奢りもけっこうあるが、あれの出どころはこの家の食い物が大部分を占めている」

「ああ、静恵さんの作る飯は美味い」

「しかしだな、それが二人分となるとさすがに無理だ。バレる。俺の親は家の食料がそんなにごっそりなくなって気付かない馬鹿ではないはずだ」

今だって成人男性一人分の食料が家から消えているのだ。毎日台所を管理している母が気付いていないのが奇跡なほどだ。

「お前が奢ればいい」

「アホか。死ね。もう死んでるか」

俺のブラックすぎるセルフツッコミに幽霊が腹を抱えて背中から倒れた。どうやらウケたようだ。言われたよすがは思い切り冷たい目を俺に向けているが。

「学生の経済状況ナメんなよ。しかも何でお前みたいな可愛げのない奴に奢らなきゃなんねーんだよ」

「オレは可愛げあるからな!」

腹筋の力で起き上がりつつ発射した幽霊の言葉を、俺はまるっと無視する。

「そこでだ、申し訳ないがお前らにはある程度自活してもらいたい」

「自活?」

「バイトしろ。俺が提供できるのは宿だけだ」

「馬鹿も休み休み言え。私達には戸籍もないんだぞ」

「貸してやるよ」

「オレはそれでいいぞー」

「私は女だ!無理があるだろう!」

「お前女だったのか。ガサツすぎて気づかなかったな」

煽る俺とキレるよすがの間に幽霊が割って入る。「まあまあまあまあ」と言いながら俺達の間をふよふよと漂い、最終的に俺の方を向いた。

「オレはやるぞ、バイト。何でもかんでも和輝に甘えてるわけにはいかないからな!」

「江戸川様!」

「おお、わかってくれるか!」

俺とよすがの声が見事に重なる。幽霊はどちらもしっかりと聞き取ったらしく、その上でよすがの方を向いた。ふわりと着地する。

「よすが、お金を稼ぐって大変だ。和輝は学校に行きながらオレの衣食住を提供してくれたんだぞ。よすがも増えたんだし、これ以上甘えてられないだろ」

神様から直々にそう言われたよすがは、それでも「ぐぬぬ」とでも言いそうな表情で幽霊を見上げていた。

「でも、確かに和輝の名前を使うのは無理だよなぁ。どうするか」

幽霊は「うーん……」と悩んで、パッとこちらを振り返った。その顔には「名案を思いついた」と書いてある。

「そうだ!大名に頼めばいいんだ!」

「はああ!?」

俺は思わず大きな声を出してしまった。どうやらリビングまで聞こえていたらしく、階段を途中まで上がってきた母が「どうしたの?」と声をかける。俺はそれに直ぐさま「何でもない」と返した。

「名案だと思うけどなぁ。大名に事情を説明して協力してもらおう」

「どこが名案だ。頭に糞が詰まってるのか?」

俺が幽霊の糞案を捻り潰してやろうとしたところで、よすがが純粋な疑問を口にした。

「その大名というのは?」

「和輝の幼なじみの女の子だ。この近くに住んでる」

「なるほど、都合がいいですね」

「よくない!幼なじみでもないし!」

俺はつい立ち上がってしまったままだったことに気づき、ドカッとイスに腰を下ろした。冷静になる為に髪の毛をワシャワシャと両手でかき回した。それをピタッと止めて顔を上げる。

「だいたい、普通の人間が幽霊なんて信じないだろ」

「大名は信じると思うぞ」

「その根拠は」

「二人でいるとき名前を呼ばれた」

「はあ!?」

またもや大きな声が出てしまう。名前を呼ばれただと!?いや、冷静に考えろ。そもそも大名はこいつの名前なんて知るはずないじゃないか。俺は一度も呼んだことないのだから。

「今日、大名が教室を出てっただろ。オレはそれに着いてった。大名は屋上に向かった」

「ああ、お前そう言ってたな」

「屋上でオレと二人の時に、大名は『幽霊さん、いるの?』って言ったんだ。オレは着いてきたのがバレてたんだと思って大名の目の前に立ったんだけど、大名は周りをキョロキョロ見ただけでオレの姿は視えてないみたいだった」

俺はその説明に、長いため息をついた。安堵の息だ。

「なんだ、じゃあ別にお前のこと知ってるわけじゃねーのか。ビビらせやがって」

「ああ。でも、幽霊の存在は信じてるだろ」

「信じてないだろ」

「信じてるよ。だって何もないとこにいきなり『幽霊さん』って呼んだんだぜ。存在信じてるやつのすることだよ」

俺はその言葉には何も言い返せなかった。幽霊は黙った俺を見て、ここぞとばかりに畳み掛けて来る。

「な、和輝!大名程ぴったりな奴いないだろ?頼んでみようぜ!」

「嫌だ。大名にだけは頼まない」

「何でだよ~。じゃあ和輝は他に誰か、霊体の存在を信じてくれそうな女の子の知り合いいんのか?」

「グッ、それは……」

俺は口をもごもごさせながら思案した。俺と幽霊のやり取りを黙って聞いていたよすがは、すっと右手を上げてアピールするとこう言った。

「でしたら、私が単独で交渉してきましょうか」

「えっ!」

「私も共同生活をするなら女性の方がいいと思っていたところです。この部屋に三人はさすがに狭いですし、それに女性の前で急に着替えだすなんて、繊細さの欠片もない者と過ごすなんて我慢なりません」

「そりゃ悪かったなぁ、気にするような性格だとは思わなかったんだよ」

「急にあなたの粗末な下着を見せられたこちらの身にもなっていただきたいですね。気分が悪くなりました」

「お前の仏頂面見せられてるこっちの方が気分悪いけどな」

「何かおっしゃいました?」

「まあまあまあまあ」

再び幽霊が間に入る。よすがの奴ほんとにいい性格してるぜ。こいつと過ごすのは俺だって御免だ。だが大名には関わりたくない。

「でもさ、和輝。たしかによすがの案が一番いいと思うぞ。よすがには悪いけど一人で行ってもらって、オレ達のことは黙っててもらえばいい。大名なら家も近いからすぐ来れる。よすがが和輝の下着を見る心配もない」

「パンツくらいで問題にするな。父親のパンツとか兄弟のパンツとか普段見るだろ。本当に俺のことを何も言わないんなら大名のとこにでも好きに行ったらいい。俺のことを言わないんならな」

「江戸川様の頼みなら聞きますが、あなたの頼みは聞きませんよ」

「じゃあ頼むよよすが。オレからもお願いする」

「でしたら私は一切他言致しません」

「くそっ、こいつ腹立つな!それでよろしく頼むぜ」

どうやら話はまとまったようだ。もうすぐ六時半。学校は終わっているし、寝るにはまだ早い。大名は家でボーッとしてるんじゃないだろうか。母さんも夕飯を作り終える頃だろう。

「夜も遅くなってしまいますし、今からサッと行ってきます」

「オレ案内するよ」

幽霊とよすがは連れ立って壁をすり抜けていった。俺はふらふらと立ち上がると、ベッドにうつ伏せに倒れ込んだ。呼吸を確保するために顔だけ右に向ける。

「疲れた……」

幽霊のいびきがどんなにうるさくても、今日はよく眠れそうだ。




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