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サングラム  作者: 國崎晶
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俺と神様の理屈3




放課後。俺は帰りのホームルームが終わった瞬間に立ち上がり、足早に教室を後にした。

五時間目開始直後に教室に入ると、そこには大名の姿があった。急いでいたために、激し目にドアを開けた俺を、教室にいた何人かが振り返って見た。大名はチラッとだけこちらを見て、すぐに前方に顔を逸らした。いつもの無表情に見える。

また大名に声をかけられるのが嫌だったので、さっさと教室を出たのだ。幽霊も俺の後をピタリと着いてくる。

階段を降り、下足室でローファーに履き替え、いつもの裏門から校外へ出た。数メートルの一本道を抜け、前を歩く生徒に続いて角を右に曲がる……曲がろうとして、思わず足を止めた。

「どうも」

わざわざ死角に立っていた人物が、ジロリとこちらを睨み上げた。塀に預けていた背中を起こし、こちらに半身を向ける。そいつがその動作を終えるまで、呆気に取られた俺と幽霊は一ミリも動くことができなかった。前を歩いていた生徒は、何事もなく遠く先を歩いている。

「あ……え、」

「よすが!」

俺が思わず固まってしまったのは、おそらく相手に攻撃の意思がないため、どうしたら良いのかわからなくなったからだろう。それは幽霊も同じだったようで、おそらく知り合いである相手の名前を口にするだけに終わった。下校時刻だ、虚空を見つめて固まる俺の横をたくさんの生徒が訝しげにすり抜けていった。

「お久しぶりです、江戸川様」

俺達を待ち伏せしていた天使は、ヘルメットみたいなボブヘアーの横一文字に切りそろえた前髪の下から、釣り上がった猫のような目でこちらを見つめていた。無表情のような、ムスッとしているような、そんな表情をしている。肌の色は白く、不健康そうだ。前に見た天使達と同じような、布の面積の大きい白い服を着ている。背は低く、俺の口のあたりに旋毛がある。

よすがと呼ばれた天使が口を開いて、俺達は思わず一歩下がった。しかし相手に攻撃の意思が見えないので、逃げるのも攻撃するのも悩むところだ。俺達は結局何もアクションを起こさないまま、相手の次の言葉を待った。

「お元気にされているようで、何よりです」

文字にしてみれば相手を労るような言葉だが、発せられた声は冷たく、表情はまるで消しゴムか何かでも見ているように乏しかった。

「よすがは……その、オレを探しに来たのか?」

「当然です。そちらの人間と仲良くされているようですね。今日見ておりました」

よすががチラリとこちらに視線を向けた。冷ややかだ。

しかし、この天使には会話をする意志がある。つまり、説得の余地があるのだ。ありがたい。出会い頭に攻撃してくるどこかの霊媒師とは大違いだ。

「見てたって……今日一日見張ってたのか?」

「いえ、屋上で昼食を摂られているところを見つけたので。それからです」

俺はギロッと幽霊を見た。

「お前今日ずっと窓際ウロウロして外見張ってたのに、一体何見てたんだよ」

「す、すまん……」

しかし、昼休みには幽霊の居場所を突き止めていたのに、単騎で交渉に来たとなると、よすがは冷徹なやつなのかもしれない。それか、何か考えがあるのか……。

「あんたに俺達と話す意志があるのは嬉しい。ここは目立つから、場所を移さないか?」

現に今俺はだいぶ注目を浴びている。脇を通り過ぎてゆく生徒達の視線がよすがの三倍は冷ややかだ。

よすがもそんな生徒達に目を向け、現状を確認すると、俺の提案を飲んだ。

「いいでしょう。立ち話もなんですし。あなたの家でいいですか?」

「えっ、それは……。こんなこと言うのもアレだけど、まだあんたのこと信用したわけじゃないから家はちょっと」

誤魔化しても不信感が増すだけだと思い、ハッキリと理由を伝えた。しかし、よすがは不思議そうに少し眉を寄せた。顔には「こいつ何言ってるんだろう」と書かれている。

「あなたの家くらい、逃げても後を追いかけて突き止めることができますが」

「そうだったとしても、教えるのはお互いが信用してからだ」

「はぁ……そうですか。あなたが譲らないなら私は別にどちらでもいいですが」

よすがが俺を馬鹿にしているのがわかった。その雰囲気を隠そうともしない。完全に格下に思われていた。会話の意志があるのも、俺達と交渉をするつもりなどなくて、単に何か聞きたいことでもあるだけなのかもしれない。

「和輝、場所どこにする」

「そうだな、店よりはどこか公園とかの方がいいな。俺しか見えてないし」

幽霊は「たしかに」と頷いた。

一応俺の家には栗生が張った結界があるから、よすがに無理に乗り込まれるとそれが破られる恐れがある。強度は弱いが目隠しの役割があると聞いているので、なるべくなら残しておきたい。

「オレと初めて行った公園に行こう」

俺も幽霊と同じ場所を提案しようと思っていたところだ。あの公園なら学校を挟んで家から反対方向だし、敷地もそこそこ広いので隅っこのベンチにでも座っていれば目立たないだろう。

「場所が決まったようですね。江戸川様が案内してくださるのですか?」

最初の一言は俺に向けて、次の一言は幽霊に向けてだ。よすがの幽霊に向けての声には、俺へ向けてのものには無い温度がある気がした。この幽霊、本当に神様だったのか。ちゃんと部下に慕われてるってことなのか?

「いや、この辺は和輝の方が詳しい。オレも和輝についていく」

「ならさっさと移動するか」

俺は一歩踏み出して、この辺のマップを脳内に展開した。自分がよく寄る店や、自分に声をかけてきそうな人がいる場所は避けて通りたい。俺の後ろを幽霊がてくてく追って来て、そのすぐ後ろでよすがが見張るようについてきた。

数分後、俺達三人は広めの公園の、隅っこのベンチに座っていた。いや、座っているのは俺と幽霊だけで、よすがは俺達の目の前で腕を組んで立っている。このベンチは木の下の少し暗がりにあり、人の目が向くことは少なそうだ。

「まずはそっちの意見を聞こう。俺達に聞きたいことがあるんだろ?」

こちらの提案より先に、相手の思惑を聞いておきたい。交渉の材料になるかもしれないし、ならなかった場合に考え直さなければいけないことが多すぎる。お互いが提示するものに差がありすぎると、交渉というものは成立しないのだ。

「あなたに聞くことは何もありませんけどね」

「そうかよ。じゃあこいつに聞きたいこと聞けよ」

親指で隣の幽霊を指すと、幽霊は若干背筋を伸ばした。こいつからしたら、どんなお小言が飛んでくるのかとビクビクだろう。

「江戸川様。私はただ、江戸川様がお戻りにならない理由をお聞きしたいだけなのです」

「は?」

幽霊が何か言うより先に俺が声を上げてしまった。よすががこちらを睨むが、構わず続ける。

「いや、戻らない理由っていうか出て行った理由だろ。それを言うなら」

「何を言っている。江戸川様が天界を出て行く理由がどこにある?」

「理由があったから実際出て行ってるんだろ」

「あなたは知らないのでしょうけどね、天国を降りるにはこちらで仕事のある役職でない限り、正規の手続きをしなければならないのです。江戸川様はもちろん手続きをしておられないし、そうとなれば残る手段は一つ。雲外という地上への抜け穴を通ることです。神である江戸川様が自らその抜け穴を通るとは思えませんし、おそらく散歩の最中にでもうっかり落ちてしまったのでしょう。あなたは知らないでしょうが、雲外は水溜りなどと繋がっていたりするのです」

「ああそうかよ」

何だか面倒臭くなって、俺はそれだけ返した。よすがは勝ち誇ったような色を、その乏しい表情の中に見せた。

幽霊の顔色をうかがうと、ヘラっと笑って頭を掻いた。よすがの考えは少しずれているらしい。幽霊のことをどういう風に見ているのだろう。真面目なやつだと思っているのか?それとも、未練が何もないやつだと思っているのか。よすが自身に未練がなさそうだし、それはあり得るな。よすがは第二の人生である天国ライフを満喫してそうだ。

「閑話休題です。江戸川様、私は江戸川様がお戻りにならない理由を是非お伺いしたく思います。そして、その解決をこの私に手伝わせては頂けないでしょうか」

幽霊は眉をハの字にして俺を見た。意見を求めているらしい。俺は小さく首を振りながら、代わりに口を開いた。

「その前に、お前の魂胆を教えてくれ。何でこいつの願いを叶えたいんだ?」

よすがは呪詛でも吐きそうな顔を俺に向けた。「何でお前が喋るんだよ」とハッキリと書かれている。もしかしたら幽霊の前じゃなかったら噛みつかれてたかもしれないな。

「何であなたが喋ってるんですか」

「こいつが思ったことを代弁してやってるんだよ」

想像通りの言葉を言われて吹き出しそうになりながら答える。俺の口元がニヤけてたからか、よすがは眉間のシワを一層濃くした。

よすがが幽霊の方を見ると、幽霊はコクコクと頷いた。よすがはため息をつくと、俺の質問に答える。

「そんなもの簡単です。江戸川様の悩みが解決するのが早ければ早いほど、神殿へのご帰還も早まる。こんな当たり前のことわざわざ説明させないでください」

「……お前はこいつのことが好きなのか?」

「ハ、ハァ!?そんなわけないでしょう、馬鹿なのですか!?」

よすがの反応を見て、幽霊が目に見えてしょんぼりした。よすがの表情が慌て出す。

「だってよ。残念だったな。お前の部下は別にお前のこと慕ってないんだと」

「はぁ!?ち、違いますよ江戸川様、誤解です!この人間が出任せを垂れているだけで、」

「え?いや、今否定しただろ。どっちなんだよ」

「もちろん私は江戸川様を心から尊敬しており、江戸川様のもとで仕事をさせて頂くことを誇りに思っております」

幽霊がパッと顔を上げた。その顔からはすでに明るいオーラが発せられていた。調子がいいやつだ。

「まぁまとめると、お前は単純にこいつを慕ってるから早く帰ってきてほしいだけだと」

「そう言っているではないですか。一言で理解できないのですか?」

「そりゃ悪かったな。お前のことまだ信じてないものでね。で、どうするよ。こいつに話すのか?お前のやりたいこと」

幽霊に意見を求めると、「うーん」と首を傾げてから、しかしすぐに答えを出した。

「オレは言ってもいいと思う。よすがは真面目だし、いいやつだ。オレは信頼してる」

たしかに、こうして一人で話し合いに来たことは、多少の信頼に値するか。

「まぁお前がそう思うなら話したらいいんじゃねーの」

俺はそれだけ言うと背もたれに背を預けた。あとは幽霊が勝手に説明するだろう。よすがは真面目くさった顔で唾を飲み込んだ。「江戸川様の隠し事を教えていただけるだと……!」みたいなこと考えてるんだろうな、たぶん。

「うーん、話すとなると、どこから話したらいいものか……」

幽霊は首をコテン、コテンと左右に振りながら、頭の中で言葉をまとめて、口を開いた。





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