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サングラム  作者: 國崎晶
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俺と神様の理屈2




昼休み、屋上で弁当を広げた。給水塔の裏は少し影になっていた。四月の暑くなってきた気温に、まだ冷たさの残る風が気持ちいい。

屋上のドアには鉄板を立て掛けず鍵をかけた。屋上側からは、ドアノブのツマミをひねるだけで鍵がかけられる。

幽霊は俺の隣で、ハンバーグをバンズで挟んだ惣菜パンにかぶりついた。しばらく無言で昼飯を咀嚼する。早々にハンバーグバーガーを食べ終わった幽霊が、メロンパンの封を切りながら口を開いた。

「前にさ、和輝の好きな人は大名に関係あるかって聞いたときに、和輝は関係ないって言ったよな。でもやっぱ、さっき話してた水祈って子が和輝の好きな人なんだろ?」

俺は時間をかけて白米を噛み砕いてから、ゆっくりと呑み込んだ。

「まぁな」

「何で関係ないなんて言ったんだよ」

「……お前が面倒くせーだろうなと思ったからだよ」

「オレは全然面倒臭くねーぞ」

「いや普通に面倒くせーよ。もう終わったことだしいいだろ。関わるなよ」

俺は白米を多めに口に運び、卵焼きも追加して、もりもりと咀嚼した。不満そうな顔を作った幽霊が、メロンパンもそっちのけで話を続ける。

「大名と水祈は結局どういう関係だったんだ?前に言ってた三人のうちの一人って水祈のことなんだろ?大名と水祈は友達だったのか?」

そういえば、前に公園で話した時に、子供の頃の放課後水祈と二人で遊んでいるところに大名が居ただけだと説明した気がする。幽霊は律儀にそれを覚えていたようだ。

「ちげーよ。大名は水祈の姉だ」

「……なるほど」

幽霊はそう呟くと、ゆっくりとメロンパンをかじった。どうやら何か考えているようだ。

「おい、また余計なこと考えるなよ。大名とは関わりたくねーんだから」

「何でそんなに大名のこと避けるんだよ」

「嫌いだからだよ」

「何で嫌いなんだ?」

「言っただろ。自分でもよくわかんねーけど嫌いなんだって」

幽霊は頭を右に傾け、左に傾け、真っ直ぐに戻してから、純粋なきらめきを宿した瞳を俺に向けた。

「でもさ、一緒にいるうちに好きになるかもしれないだろ」

俺は眉を寄せ、顔をしかめ、不快感を顕にする。

「ならない奴だっているだろ」

「なんでならないって思うんだよ」

「なんとなくわかるだろ、こいつは無理だなって奴」

「そんなのわかんねぇじゃねーか」

俺はもう一度、思い切り渋い顔をしたが、幽霊は事も無げにしらっとしていた。俺はあぐらをかいた姿勢のまま、幽霊の方に九十度回転した。

「なぁ、何で大名に構うんだよ。お前喋ったこともないだろ。大名のどこがそんなに気に入ったんだ?」

幽霊は俺の表情をチラッと見て、しかし正面をこちらには向けずに、メロンパンを持ったままうーんうーんと唸った。跳ね散らかした毛先が、幽霊の頭の動きに合わせてあっちへこっちへ揺れる。

「和輝が寂しそうだと思ったからかなぁ」

幽霊は俺の顔を覗き込んでへらっと笑った。

「は?」

「『は?』ってちょっと酷いぞ、和輝」

「いや、純粋な気持ちから出た『は?』だよ」

このまま話し続けると良くない気がしたので、俺は幽霊の視線を無視して食事を再開した。黙々と箸と口を動かし、この話はこれで終わりという雰囲気を醸し出す。

しかし幽霊は、全く空気を読まずに、当たり前のように話題を続けた。

「最初は、なんで大名にだけ冷たいんだろうなーってくらいであんまり気にしてなかったんだけど、最近見てて思うのは、やっぱり和輝って寂しい奴だから、大名と仲良くした方がいいなぁって」

「少し黙れ。今心を落ち着ける」

言いたい放題な幽霊の眼前に手の平を突き出し、ストップをかける。すると幽霊は素直に口を閉じた。パチパチと二回瞬きをして、俺の手の平を見つめる。

「わかった。俺は今とても冷静だから怒らずに言う。まず、仮に俺が寂しい奴だとして、そこで大名である必要はないだろ。仲良くするなら誰でもいいじゃねーか。クラスには他に三十人も人がいるんだぞ」

俺が腕を下げると、幽霊は魔法が解けたように喋りだした。相変わらず根は素直である。

「他の奴じゃだめだと思う。大名も寂しい奴だぞ。きっと和輝も仲良くなれる」

「なんでそんなにあいつを推すんだよ」

「だって、大名って和輝のこと好きだろ」

俺は硬いもので頭を殴られたような衝撃を感じ、思わずそのままくらりと倒れてしまいそうになった。倒れなかった代わりに、両手で額を押さえて俯く。幽霊が心配そうに俺の表情を覗き込んだ。

「それつい最近も聞いたような気がするな」

「そうなのか!奇遇だなっ」

「ああ、つい二時間ばかり前のことだ」

何が嬉しいのか、幽霊はニコニコと上機嫌だ。反対に俺の顔はどんどん曇ってゆく。

「でもさ、そんなにたくさんの人に言われるなんて、やっぱり大名は和輝のこと好きなんだと思うぞ」

「全然たくさんじゃない。お前で二人目だ」

「二度あることは三度あるって言うもんな!」

俺はそれに何も返す気になれず、ため息で応えた。

「実際のところ、お前から見てどうなんだよ」

「何がだ?」

「お前から見て、どういうところでそう判断したんだ?その、大名が俺を好きだって」

幽霊は首を傾けて、再びうーんと唸った。

「んー……。何となくかなぁ。見てればわかる」

「はぁ?何だよそれ。理由はわかんないってことかよ」

「いや、見てればわかるんだって。むしろ何でわからないんだ?」

「わかるわけないだろ。大名のことなんて」

「和輝が疎いだけのような気もする」

「何かお前にいわれるとムカつくな、それ」

女心なんて一ミリも理解できなさそうな奴に女心を語られるなんて。俺の方がまだわかる自信がある。

しかし、二人もの人間に同じことを言われると、信じざるを得ないような気もする。大名が俺をねぇ……。やたら構ってきたり、見張られてるような印象を受けたのは、好意があったからなのか?あの無愛想からはとてもそんな風には捉えられなかったが。

「どうした和輝、ぼーっとして。大名と仲良くなる気が湧いてきたのか?」

「湧いてこねーよ」

たとえ好意を持たれていたと知っても、こっちの気はそう簡単には変わらない。こっちはもうずっと、あいつのことが何となく苦手だったのだ。そうすんなりとは事は運ばない。

「お前には悪いけどな、俺はやっぱりあいつとは仲良くなれないと思うぜ」

俺はそう言うと、止まっていた手を動かして弁当を口に運ぶ。今度こそ話は終わりだ。

しかし、幽霊にそんな気はないらしかった。

「和輝ってどんな女の子が好みなんだ?」

「は?」

俺の口から飛び出たのは、やはり純粋な気持ちから出た「は?」だった。何なんだこいつは、俺と恋話がしたいのか?

「大名は好みじゃないのか?」

「だろうな」

「じゃあどんな子だったらいいんだ?」

「何なんだよ急に。大名の人格改造でもすんのかよ」

幽霊はふるふると首を降ると、ぐっと顔を寄せてきた。今から大事なことを言うぜ、とわざわざ表情に書いてある。

「和輝は新しい恋をするべきだ」

「はぁ?何でだよ。いいよ別に俺は」

「いや、やはり恋愛というものは人を成長させるものだからな。和輝は今恋をするべきだと思うぞ」

幽霊はサッと元の体勢に戻ると、続けた。

「誰か気になる子はいないのか?同じ教室の子とか」

「いねーよ残念ながら。今のところ水祈一筋だ」

俺だって一生水祈に囚われて生きるつもりはない。この先俺は社会人になっていろいろな出会いをして、誰かを好きになってきっと結婚もするだろう。子供も生まれて、よぼよぼになって看取られて、その一瞬に水祈がいればいい。最期の瞬間まで俺の中に水祈が生きていてほしいから、何度も何度も同じ記憶を辿るのだ。

俺はいつか水祈でない女性を愛して、そして幸せになるだろう。そんなことも、その方がいいことも、別に幽霊に教えてもらわなくたってわかっていることだ。ただ、それを急ぐ理由はない。

「和輝は黙っていればモテると思うぞ」

「そんなことはいいんだよ別に。俺は自分が好きになった人としか付き合う気はないんだから」

「でもさ、大切な人がいた方がいいぞ。人生が輝くぞ」

「だから、今はいいんだよ。水祈以上の奴がいないんだよ」

「それはちゃんと周りを見てないだけだと思うぞ。きっと素敵な人はいっぱいいる」

「お前さっきから何がしたいんだよ!」

俺はついに弁当箱に箸を叩き付けた。今回はやけに強情だ。いや、大名絡みの話は、こいつはいつもしつこいか。

二人だけの屋上に、足早に風が駆け抜けた。髪が俺の頬を撫でる。幽霊の着物の袖がふわりとなびいた。……ん?風で袖が?

「この世に未練は無い方がいい」

幽霊はそう言って、眉尻を下げて微笑んだ。なんだその笑い方。まるで神様みたいだな。

「どういう意味……」

その言葉の意味を問い質そうとしたところで、やけに大きな音でチャイムが鳴り響いた。予鈴だ。あと五分で昼休みが終わる。

「やばい、お前も早く食え!」

俺は弁当の残りを掻き込むと、お茶で流し込んだ。幽霊はメロンパンを無理に口に押し込み、明らかに口に詰め過ぎな困った顔でモゴモゴと口を動かしていた。つむじの上には光る輪っかが浮いている。

バタバタと階段を駆け下り、廊下に飛び出したところで、廊下を歩いていた生徒と肩が激突した。俺は相当勢い良く角を曲がったので、激突した女子生徒は反動で尻餅をついた。

「痛!ちょっと!どこ見て歩いてんのよ!」

俺はよろけたのを何とか踏ん張ると、ぶつかった相手を確認した。去年同じクラスだった相田ゆずだ。

「悪い、急いでた」

「何だ、朝波じゃん。久しぶり」

相田は素早く立ち上がると、スカートを数回払った。彼女は去年出席番号が前後だったせいもあって、特定の人物とつるまない俺にしては比較的喋る機会が多い奴だった。

「つーかお前こそ焦った方がいいぞ。授業始まる」

「純次いなくて探してんのよ。見かけなかった?」

「見なかったな。あんまり余裕こいてると出席数足りなくなるぞ」

「大丈夫大丈夫」

相田はダブルピースを華麗に決めると、「じゃ、またね」と言って去った。彼女はサバサバしているので女子の中では比較的喋りやすい方だ。まぁ基本的に女子は何を考えているかわからないのだが。

「和輝、先生もうそこにいる!」

俺の足元から勢い良く飛び出てきた幽霊が、手脚をバタバタさせながら階下を指差した。確かに階段を上ってくる足音が聞こえる。

俺が再び駆け出した瞬間、本鈴が鳴り響いた。




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