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サングラム  作者: 國崎晶
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俺と神様の理屈




スマホ画面の検索ボックスをタッチして、【きのしたかこ】と入力する。おそらく全く関係がないであろう検索結果が大量に出てきて、まぁこうなるよなとディスプレイから顔を上げた。

四月二十七日月曜日。午前十時二十分。二時間目世界史の授業の真っ最中だ。俺は検索結果のページを消して、窓の方に目を向けた。外を眺めていた幽霊が、ちょうど同じタイミングで振り返る。

「安心しろ!誰も来てない!」

幽霊はそう言いながら、クラスメイトをすり抜け真っ直ぐこちらへやってくる。先程の言葉は、「天使の姿は見えないから安心しろ」という意味だろう。それが気になって俺が自分の方を見ていたと推測したのだろう。

「平和だな!あいつら帰ったのかな?」

俺はシャーペンを手に取り、ノートの端に文字を書く。

【メシやフロがひつようなら帰ったんじゃねーの】

「確かに、腹ごしらえはしなきゃだしな!」

ノートから顔を上げた幽霊は、そう言ってニカッと笑った。

俺はシャーペンを置きかけて、考え直してまた文字を綴った。返事はないだろうと思ってた幽霊は、不思議そうな表情でそれを覗き込む。

【ピンポイントで来たけど、おまえのこと感知できるわけじゃないんだよな?】

「そのはずだ。でも、いろいろ探し回ってからここに来たのかもしれない」

まぁ確かにそうか、と思い、しかしそれをわざわざ文字にはしなかった。

授業終了を告げるチャイムが鳴り、教師が教科書から顔を上げる。「まだ説明しなきゃいけないとこがあるんだけど……」と言いながら生徒の顔色を伺い、その結果教科書を閉じた。

「次の授業はこの続きからするね。あと前回言っていた箇所の小テストがあるので、しっかり勉強しておくように、お願いしますね」

教材をまとめ出す教師に、「はーい」というやる気のない返事がちらほらと返る。教師が教室から出るのとほぼ同時に、生徒達は散り散りに動き出していた。

「朝波」

狸寝入りを決め込もうと机に腕をついた瞬間、真後ろから名前を呼ばれる。俺は傍らに立つ幽霊の顔を見上げ、その表情を確認する。ニコニコと口をUの字に曲げていた。仕方なく半身で振り返る。

「何だよ」

「この間まる一日サボったでしょう。何してたの?」

結局登校しなかった金曜日のことを言っているのだろう。あの日は朝から武器商店へ行き、学校へ行こうと思った所で栗生兄妹に出くわし、そのまま家に結界とやらを張られた。全て終わった時には夕飯の時刻を優に超えていた。

「別に、体調悪くてずっと家にいたんだよ」

「そうなの。てっきり最近できた友達と遊びに行ったのかと思った。金土日の三連休で旅行なんかもできるしね」

俺は大名の言った意味をわりと真剣に考察した。一体なんの話をしているのだろう。これが漫画なら、俺の背景には「ポクポクポク」という擬音が描かれていただろう。残念なことに、次のコマで「チーン」と閃くことは無かったが。

「今日は元気そうでよかった。体調はもう大丈夫?」

「どういう意味だ?」

全く噛み合っていない。

「体調不良で休んでたんでしょう?身体はもう大丈夫なの?って」

「違う、最近できた友達って部分だ。誰のこと言ってんだ?」

大名はほとんど表情筋を動かさずに「ああ、なるほど」と呟いた。

「最近忙しそうにしてるから、友達ができたんだと思ってただけ」

そして試すように俺をジッと見つめた。隣で幽霊が「オレのことか?」と自分を指差した。

「そんなことはない。俺の交友関係は特に変わってない」

「あらそう。いつもお弁当を一緒に食べてるの、友達だと思ってた」

「一緒に食ってるところを見たのか?」

「見たわけじゃないけど、二人分買ってたらわかる」

そんな推理をされているとは思っていなかった。前にコンビニで、母に弁当を作ってもらっていることを口にしたのはそのせいか。

「どこのクラスの人なの?」

「別に、どこでもいいだろ」

「わかったわ。私には言えない人なのね」

「お前が会ったことないやつだから聞いても意味ない」

大名は口を閉じると、ジトッとした眼差しを向けた。俺も負けじと同じような目で見返す。するとそこに、第三者の声が割り込んできた。

「なぁ、お前らってなんでいつもそんな感じで話してるんだ?」

俺も大名も驚いて振り返る。クラスメイトの冨永が俺達の間に立っていた。

「いや、別に普通の感じだろ」

「いやいや普通じゃねーって。いっつも超つまんなさそうに会話してんじゃん」

その言葉に俺はつい大名の顔を見た。大名も同様に俺の顔を見たらしく、目があってしまう。俺はすぐに冨永に視線を戻した。

「どんな顔で話そうが自由だろ」

「いやそうなんだけどさ」

冨永はそう相槌を打ちつつ、近くのイスを引っ張ってきて腰を下ろした。おいおい、長話するつもりかよ。

「ぜんっぜん楽しそうじゃないのに何でわざわざ喋んのかなーって」

「こいつが話しかけてくるからに決まってるだろ」

俺は顔で大名を示す。大名はどうでもよさそうな仏頂面で冨永を見ると、口を開いた。

「私達こう見えて幼馴染だから」

冨永が意外そうな顔で「へぇ」と言うのと、俺が心外さを全面に押し出しながら「はぁ?」と声を上げたのはほとんど同時だった。

「お前と幼馴染になった覚えはないが」

「生まれた頃から一緒だったじゃない」

「馬鹿言うな。幼稚園の頃からだろ」

「幼稚園の頃から一緒なら立派な幼馴染よ」

「仲が良ければの話だろ」

「帰りに公園で遊んでたじゃない」

「お前と遊んでたんじゃない、水祈と遊んでたんだ」

言葉の応酬を突然止めた大名は、俺の顔をジッと見つめたかと思うと、突然立ち上がった。

「水祈水祈って、あの子のどこがいいのか全然わかんない。いつもヘラヘラ笑ってて気持ち悪い」

「愛想がクソなお前より百億倍マシだと思うけどな」

俺の言葉を最後まで聞かないうちに、大名は勢い良く身体を反転させドアの方に歩き出した。

「あ、大名さんどこ行くの!?」

「トイレ」

大名はそのままズンズン進み、ドアの前で固まってお喋りをしていた女子達の間に割って入ると、そのまま教室を出て行った。その後ろ姿を見送った冨永は、目をパチパチさせながら「えー……」と声を漏らした。

「あーあ、和輝、あんなこと言ったから大名怒って出て行っちゃったぞ」

「キレずに返したことを褒めろよ」

「?朝波、何か言ったか?」

「いや、独り言」

幽霊は大名の机に頬杖をつく俺のつむじを見下ろして、冨永の顔を見て、また俺を見ると、俺の周囲を机をすり抜けながらウロウロした。その結果、後ろめたそうに俺を振り返りながら、大名を追いかけて教室を出て行った。

「なぁ、俺思ったんだけどさ」

内緒話をするように、冨永がグッと顔を寄せてくる。俺は幽霊が出て行ったドアから、目の前の冨永に視線を戻した。

「大名さんってお前のこと好きなんじゃねぇ?」

「はぁ?」

「まぁまぁまぁ聞けって」

不愉快さを顕にする俺をなだめるように、冨永は両手の平を掲げた。

「俺が思うに、その水祈ちゃんって子に嫉妬してるんだよ。お前はその水祈ちゃんが好きなんだろ?」

何も答えない俺に、冨永は「言わずともわかっているさ」と言い出しそうなしたり顔を向けながら続けた。

「自分に振り向いてくれない悲しみから、恋のライバルである水祈ちゃんの悪口をついつい言っちゃうんだ。そんで今頃一人で、“あんなこと言わなければよかった”……と落ち込んでるんだよ。な、そう思ったらちょっと可愛くねぇ?」

途中で入ったキモい裏声にもツッコミを入れたいが、とにかくこの意見には全体的に物申したい。異議ありだ。

「……仮にあいつに好かれてたとして、お前だったら嬉しいか?」

熱く語った冨永に対し、冷えた俺の声に、冨永は冷静さを取り戻したのか真顔になって考えた。その結果一つの答えを導き出す。

「うー……ん、……ぶっちゃけあんま嬉しくないかも」

「そうだよな、残念だったな」

「ああ、非常に残念だ。顔は悪くない、せめてもうちょっと性格がよかったら……」

俺と冨永の意見が一致したところで、前方のドアから三時間目の担当科目の教師が入ってきた。「おら、もうすぐチャイム鳴るぞ、席につけー」と着席を促しながら教卓へ向かう。隣の席の戸田が帰ってきて、冨永は慌てて立ち上がった。冨永はずっと戸田のイスを借りていたのである。

「じゃあな、朝波」

冨永も自分の席へ戻ったところで、チャイムが鳴った。うだうだと友達の机に残っていた数人の生徒も、面倒臭そうに自分のイスへと戻る。

俺は机の中から英語の教科書と問題集を取り出した。三時間目は英語科目の中でも一番楽なリーディングの授業である。……が、どうやら担当教師の林は休みらしい。おそらく別の学年を担当している、名前もうろ覚えな男性教師が教壇に立っている。

英語科目は「英語」「リーディング」「コミュニケーション」の三種類に分けられているが、リーディングの授業は教師にやる気がなく、授業中に居眠りやスマホをいじったり手紙を回しても注意しされない。普段であれば生徒達が一番好きな授業である。英語はいわゆる文章問題で、教師の解説をぼーっと聞いていればいいしテストも楽。コミュニケーションは外国人教師との英会話が主な授業内容だが、ほとんどの問にイエスかノーか、小学生でもわかるくらいの簡単な英語で返せばいいだけの甘い授業である。なので、このクラスの生徒は英語は嫌いだが英語の授業は嫌いでない者が多い。

出席確認をしていた教師が、俺の後ろで視線を止める。

「その席は……大名は欠席か?二時間目まではいたようだが……誰か知ってるやついるか?」

俺が何も言わないからか、冨永が答える。

「さっきトイレ行きました。でもけっこう時間経ってるから、もしかしたら具合悪いのかも」

教師は「そうか」とだけ言って、出席簿に何かを書き込んだ。一応この学校には、授業開始五分以内に教室に入れば、遅刻扱いにはなるが欠席にはならないというルールがある。ちなみに、同じ授業で五回遅刻すると、その授業は一回欠席したことになる。欠席が増えるともちろん単位が足りなくなり、留年してしまう。

俺はつい左右に目を向けた。幽霊も戻ってきていない。たぶん大名のところにいるのだろうが、何で着いてったんだあいつは。

教師が読み上げる英文を右から左に聞き流しながら、先程の冨永の言葉を思案する。実際に大名が俺に好意を抱いているかはともかく、少なからず周りからそう見えているなら、幽霊の野郎がやたらと大名に構うのはもしかしたら俺と大名をくっつけたいからなのかもしれない。至極迷惑な話だが、基本的にお節介なあの幽霊なら有り得ることだ。

だが何度も言うように、俺は大名のことが嫌いだ。もし幽霊の行動が俺の推察通りなら、それはお節介を通り越して迷惑だ。なんとかして止めさせたい。やはり、大名に構いたがる理由をしっかりと聞き出した方がいいだろう。あのお節介は、いの一番に大事にすべき俺の気持ちを考慮に入れていない。

結局三時間目のリーディングの授業時間内に大名が戻ってくることはなかった。授業終了のチャイムのすぐ後に、幽霊だけ戻ってきたが。教科書をまとめ教室を出ようとドアを開けた教師の目の前に、幽霊が立っていた。突然目の前で開いたドアに驚く幽霊を、教師は当然すり抜けて職員室へ去って行った。

幽霊は浮きながら、しかしきっちりと机は避けて、ふよふよと俺の方へ寄ってきた。

「和輝、ただいま」

俺は表情で「何ほっつき歩いてたんだよ」と不満を表す。

「大名、屋上にいたぞ」

俺は緩慢な動きでスマホを取り出す。メモ帳アプリを起動させて、空白に文字を打ち込んだ。

【それがどうした】

「なぁ、大名に関係ないって、嘘だったんだな」

俺は肺の中の空気を、細くゆっくりと吐いた。それは長いため息だった。





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