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サングラム  作者: 國崎晶
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俺と出会いの季節3




始業式が終了し、そのまま入学式の準備をする。保護者用のイスを並べ、来賓席を用意する。それが終わると一旦教室に戻され、担任教師のありがたいお話。三宅は簡単に自己紹介を済ませ、午後の予定を今一度口頭で説明した。これが終わってようやく昼休み。各自校内の好きな場所で弁当を食べる。

「昼休みが終るまでに教室に戻ってろよ。入学式は一時半からだからな!」と再度念を押しながら三宅が教室から出て行く。その姿が消えると俺は鞄を持ってゆっくりと立ち上がった。クラスメイト達に混ざって教室を出る。幽霊はもちろんついてきた。

廊下を曲がり、目の前の階段をさり気無く上る。目的は上り階段だ。俺達三年生の教室は最上階である三階にあるので、上り階段を使うのは明らかにおかしい。俺は素早く階段上り、屋上のドアの前に立った。

この学校には屋上がないことになっている。外見も三角の屋根で一見屋上は無いように見えるので、生徒達もそれを信じている。しかし、狭いながらも屋上と呼べるスペースはあるのだ。だって屋上が無いなら給水タンクはどこに置く?

俺は鞄から取り出した針金でドアについている南京錠を開けた。その手際を覗き込んでいた幽霊が「お前器用だな!」とはしゃいだが、俺はそれをスルーした。

鉄製の重たいドアを開け、身体を滑り込ませる。俺一人分しか開けなかったので幽霊は「挟まれる~!」みたいな焦った顔をしたが、普通にドアをすり抜けて苦笑いをした。何なんだこいつは。

この高校の屋上は本当に狭い。無いに等しい。空調機器と給水タンクが収まるだけのスペースしかない。だが柵はしっかりついている。空調機器や給水タンクを調査する人間のためだろう。

俺は給水タンクが乗っているコンクリートに腰を下ろすと、目の前に突っ立っている幽霊を見上げた。朝から数時間ずっと一緒にいたが、ここで初めてこいつと向き合った。猫みたいに吊り上がった目と、天パのような黒髪をしている。服は相変わらず派手な着物だ。

「で、お前何で俺についてくんだよ」

「お、もう喋っていいのか!?」

「ああ喋れよ。好きなだけ喋りまくれよ」

俺は鞄から弁当箱を取り出し包みを広げた。フタを開け、ファンシーすぎる中身にため息をつく。母さんめ、新学期だからって気合入れすぎたな。

「お前オレのこと視えんだろ?だったら一緒にいようぜ」

「やだよ。つうかお前は行くべき所へ行けよ」

「行くべき所ってどこだ?」

「何かあんだろ。天国とか地獄とか」

「ああ、そういうことか。何でせっかく来たのに帰らねーといけないんだよ」

「せっかく来た?」

俺はつついていた卵焼きから顔を上げ、幽霊を見上げる。もともと愛想のいい顔をしていた自信は無いが、訝しげに眉を寄せた今の俺は一緒に行動したくなるような人間には見えないだろう。目つきがあまり良くないのは自覚済みだ。

「さっき言っただろ。オレ天国から来たって」

「聞いてねぇよ……。つうかお前の言葉全部スルーしてたから」

「ええ!?何で!?」

「うるさかったからだよわかれよ」

天国から来たということについて詳しく聞きたいのだが。それに来た理由がわかれば難癖つけて追い返せるかもしれない。俺は箸で半分にした卵焼きを口に入れた。幽霊は明らかにしゅんとして唇を尖らせている。

「だってオレの声聞こえるのお前しかいなかったんだぞ?」

「そんなことより天国から来た理由を教えろ。俺が何とかして解決してやるから」

「何とかして」の後に心の中で「強引に」と付け足す。

「天国から来た理由は観光だよ!やっぱり直接自分の目で見ないとな!」

「じゃあもう見たから帰れよ」

「今朝来たばっかりだぞ!?それに五年はいる計画なんだ!」

「なら五年分今日見て帰れ」

「それは無理だ。仕事放ったらかして来たからな。今頃優秀な部下が逃げたオレを探していることだろう」

「なるほど。ならその部下にお前を差し出せばいいんだな?」

つうか天国って仕事あるんだ……と思いながらタコ型のウィンナーに箸をぶっ刺す。死んでからも仕事しなきゃならないなんて、何かがっかりだな。知りたくなかった事実だ。

「ちげーよオレを匿うんだよ!」

「何で俺がお前みたいな厄介者保護しなきゃなんねーんだ。他をあたれ」

「他の人オレのこと視えねぇじゃん!オレを救える奴はお前しかいねぇんだよ頼む!」

「探せば何人かいるだろ。世界は広いんだし」

「嫌だそろそろ部下が降りてくる!あんまりうろうろしてたくない!」

「なら大人しく帰れよ。つうか、うろうろしたくないのに目的観光って矛盾してるぞ」

「うっ」

そう指摘してやると、幽霊はあからさまにうろたえた。図星差されて「うっ」って言う奴初めて見たよ。

「なぁ頼むよ。もう観光はしなくていいからとにかく匿ってくれよ。部下は怖いし仕事いっぱいあるし当分戻りたくないんだよぉ」

「ただの仕事したくないクズ野郎じゃねーか」

「クズでもいいから匿ってくれよ」

「俺にメリットがないだろ」

「利点ならある!」

やけに自信満々な声なので顔を上げると、幽霊は満面の笑みで俺を見下ろしていた。

「お前に友達が一人できる!」

「は?」

ちょっとイラッとしたのを隠さず顔に出す。しかし幽霊は俺の感情などお構いなしに弾んだ声で言った。

「見たところお前には友達がいない!それは寂しいだろう。寂しいだろうなあー。だがオレを匿えばもれなく友達が一人増えるぞ!ラッキー!」

俺は空になった弁当箱にフタをし、取り出した時と同じように包みを直して鞄に入れた。鞄を肩にかけ立ち上がる。

「お、どこに行くんだ?」

「教室に戻る。もう話しかけんなよ」

「ええ!何でだよ!なあ!なあ!」

俺は騒ぎ立てる幽霊を放ってドアの方へ足を進めた。幽霊はしばらくぶーぶー言っていたが、結局俺についてきた。このドアをくぐったら、こいつはいないものとする。俺がドアノブに手を延ばしたその時、ノブが勝手に回転した。

重たいドアがギィと鳴りながらゆっくり開く。この屋上まで来る奴が他にいるなんて。まさか教師か?俺が屋上に立ち入ったことがバレた?いくら頭を働かせても、咄嗟のことに身体はぴくりとも動かなかった。ドアの向こう側から相手が姿を現す。しかしそれは俺の知っている顔だった。

「……大名」

「こんなところで何やってるの」

「お前こそ何やってんだよ」

「……屋上の、鍵が開いてたから」

ドアを開けた人物は、同じクラスの出席番号三番大名瑞火(おおなみずほ)だった。彼女は相変わらず不機嫌そうな顔で俺を見上げている。

俺と大名はほんの少しだけ見つめ合ったが、俺は「そうか。じゃ」とだけ告げると彼女の脇をすり抜けて階段を下った。

屋上の鍵が開いてたからだと?下手な嘘つきやがる。ドアの前まで上がって来ないと鍵なんて見えないだろうが。まさか俺の後をつけていたのか?

教室へ向かって廊下を歩く。喋るなと言ったのに幽霊が話しかけてきた。

「なあ、お前何でそんなに愛想無いんだ?朝の女の子には愛想良かったのに」

俺はその言葉を今まで通りスルーできなかった。なるほど、客観的な意見は大事だな。次からは気を付けるとしよう。




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