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サングラム  作者: 國崎晶
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俺と無慈悲な世界のモメント2




翌日、四月二十四日、金曜日。二時間目の授業中であるはずの時刻、俺は白幡駅の階段を下っていた。

昨日冗談半分で「スタンガンでも買うか」と言ったあと、去年クラスメイトだったやつの話をふと思い出したのだ。それは白幡駅の裏を少し行った所のとある路地に古風な武器商店があるという話だ。去年同じクラスだった冨永がそう語っていた。まぁ冨永の話のオチは「そこに金髪の美少女が入っていくのを見た」というものだったが。そんな路地で店に入るところを見かけるなんて、まさかストーカーしてたんじゃねぇだろうな、あいつ。

言い出したのは冗談半分だが、武器はあるに越したことはない。特に俺は。せっかく武器が買える所を知っているのだから、行ってみる価値はあるだろう。

階段を降りきり、かなり久々に来た白幡駅の風景を見回す。レベル的には多少都会より。少なくとも野洲駅よりは発展しているだろう。

「ほんとに武器屋なんかあるのか?」

俺の隣に並んだ幽霊がキョロキョロと周囲を見回しながら言った。俺はそれにごく自然に答える。携帯電話などの小細工をしなくなった辺り、俺もだいぶ吹っ切れたなと思う。

「クラスの奴が言ってたんだから、まぁあるんじゃねーの。なかったらなかったで諦めるさ」

俺は一本の道を見つけるとそちらに歩き出した。いかにも細い路地に続いていそうな道だ。正確な道のりを知らないので当てずっぽうで進んでみるしかない。幽霊も俺についてきた。

「オレも何か武器ほしいな」

「いいんじゃねーの。誰が金出すかは知らないけど」

「えー!和輝買ってくれよぉ」

「お前何日も実体化できんならバイトでもしろよ。一日中暇だろ」

いつも通り他愛もない話をする。ちなみに先ほどの俺の言葉に「じゃあ仕事紹介してくれ!」と答えた辺り、こいつには働く気があるようだ。戸籍がないだろと返そうかとも思ったが、やる気があるなら名前くらい貸してやってもいい気がする。

思ったより路地裏をうろつく結果になったが、三十分後俺達は一軒の木造の前にいた。店の雰囲気を一言で言い表すと、「小柄なおばあちゃんが店番してそうな駄菓子屋」である。

「ほんとにあったな。宇賀島武器商店だって。ここで合ってるのか?」

「いや、聞いたの半年くらい前だから名前覚えてねぇ。でもまぁ、合ってんだろ。こんな店が二つもあるとは考えにくいし」

「危ねぇよな、武器売ってるなんて。違法じゃねぇのか?」

「どうなんだろうな。銃とか売ってたら違法だろうけど」

店の前でグダグダ話しているのにはわけがある。そう、ぶっちゃけ入りにくいのだ。こんな明らかに怪しい古ぼけた店に、堂々と「武器商店」の四文字が掲げられている。気軽に入れるわけがない。冨永の見た美少女とやらは、いったいどんな肝っ玉をしているのだ。

とにかく、入らないことには始まらない。ただでさえ学校をサボって来ているのだ。俺の通う高校は無断遅刻したくらいで家に電話がかかることはないが、俺は普段から真面目に授業を受けている。朝波君がサボりなんてありえない、というやつだ。教師によっては、何かあったのかと電話してくる可能性が無くもない。

俺はポケットから取り出したスマートフォンの画面をチェックする。十一時二十分。着信はない。

「おい、幽霊。お前そこの茂みで実体化してこいよ」

「えっ、何で」

「何でって、わかるだろ。一人だと不安じゃねーか」

「具現化しなくてもオレがいるだろ」

「してるのとしてないのとではわけが違うんだよ」

幽霊は「別にどっちでもいいけど……」と呟きながら、店の横の灌木に入っていった。そして次の瞬間には、ガサガサと硬い葉をかき分けながら出てくる。

「和輝、腹は括ったか」

「おう、任せろ」

俺はさり気なく幽霊の後ろに回る。幽霊が引き戸を開けると、中から意外に陽気な声が返ってきた。

「らっしゃい」

幽霊の肩口から薄暗い店内を除く。小柄な男性が下駄を鳴らしながら近づいてきた。年の頃は五十代後半。頭髪は完全に白くなっている。膝丈の甚平の上羽織を着ている。

男性は幽霊の妙ちきりんな格好に驚きもせずこう話しかけてきた。

「ずいぶん若い客だな。何かお探しかい」

幽霊の背中を押してコンクリのままの床を進む。店内に所狭しと木製の汚いテーブルが並んでいて、通路は狭かった。しかしその古ぼけたテーブルには比較的近代的な商品が並んでいる。

「すたんがんを下さい!」

店主と思われる男性の言葉に、幽霊が脳天気な声を返す。店主は幽霊を見上げ、背後の俺を見ると、また幽霊に顔を向け問いかけた。

「スタンガンは君が使うのかい?」

「ううん、後ろのやつ」

「そうかい、ならあまりオススメはしないなぁ」

そう言われて、俺は幽霊から半身を覗かせた。店主はこちらに身体を向ける。

「何でですか。危ないからですか」

俺が明らかに学生なので販売を拒否するつもりなのか。そう考えての質問だったが、店主は俺を頭からつま先までじっくり眺めると、逆に質問を返した。

「君は運動は得意かい?」

「……どっちかというと苦手です」

「喧嘩の経験は?」

「全然」

「ならやっぱりスタンガンはオススメしないな」

店主は近くの棚に手を伸ばし、手の平より少し大きい器械を俺達に見せた。スタンガンだ。

「これね、スタンガン。こういうハンディタイプが主流。人が気絶するほどの威力はない」

その説明を聞いて俺は意外に思った。ドラマや漫画などではよくスタンガンを押し付けられて気を失っているではないか。どうやらあれは二次創作特有の誇張表現だったようだ。

「でもこれ見たらわかると思うけど、相手の身体に押し付けないと意味ないのね。君が何と闘おうとしてるのかは知らないけど、相手の方が喧嘩強かったらどうするの?」

その言葉に俺は何も言えなかった。身を守る武器として単純にスタンガンを思い浮かべたが、確かに店主の言う通りである。

「じゃあ何ならオススメなんですか」

すね気味に尋ねると、店主はニヤリと笑ってスタンガンを元の場所に戻した。それから付いて来いというように踵を返す。俺と幽霊は顔を見合わせ、彼の後に続いた。

店主は店の奥の壁に沿うように設置された棚の前で足を止めた。そしてエアガンのようなものを俺に差し出す。銃なんて見たことはないが、これが本物でないことはわかった。

「エアガンですか」

「ああ、まさに真のエアガンだよ」

このじいさんは俺にBB弾で戦えと言うのか。俺は自分の手元から顔を上げ、冷めた視線を店主に送る。彼は満足気な笑みを浮かべていた。

「武術も知らなくて運動神経は並で体力もなさそうな君には、遠距離武器がぴったりだ」

ここまで悪口を言われて何も言い返さなかった俺を誰か褒めてほしいものだ。しかも店主は日本語も間違っている。「ぴったり」じゃなくて「マシ」だろ、お前が言いたいのは。

幽霊の顔を見ると、早くこのエアガンの実力を知りたいのかワクワクした表情をしていた。俺がこんなにボロクソに言われているのに何とも思わないのか。友達じゃなかったのかよ。

「遠距離武器には賛成だが、BB弾だろ?結局人が気絶するほどの威力はないんじゃないですか」

店主はチッチッチッと舌を鳴らしながら人差し指を振った。心底うざい。

「言っただろう、真のエアガンだと。これは弾を飛ばすんじゃない。空気を飛ばすんだよ」

「はぁ……」

「つまり空気の弾丸ってことだね」

「空気の弾丸!」

幽霊が華やいだ声で復唱する。その横で俺はいまいちピンときていない顔をしていた。

「実際に撃ってみたらわかる。ついて来なさい」

再び先に立って歩く店主に、幽霊は足取り軽く、俺は面倒臭そうについて行く。何だよ空気の弾丸って。結局おもちゃじゃねーか。

店主が店の奥のドアを開けると、そこには階段があった。階段は上にも下にも延びていたが、店主は下へ降りて行った。二階があるのは外見からわかったが、まさか地下があったとは。

階段を降りきり、唯一あった重たいドアを開ける。この部屋は射撃場だと一目でわかった。よくドラマやゲームに出てくるような風景である。最奥の壁には人型の的、手前に長細いテーブル。的を見て背中側の壁には、拳銃やライフルがコレクションのように貼り付いている。

「何だ?ここ」

「射撃場ですか」

幽霊と俺の声が重なった。店主はボソッとした俺の声ではなく、幽霊のでかい声を聞き取ったらしく、こう返す。

「射撃場だよ。商品の中には銃も多いからね。使いやすいかどうかここで試してから買うんだ」

「銃が撃てるってことか!?」

「そうとも」

「オレ、撃ちたい!」

ビッと右手を上げた幽霊に、店主は真のエアガンとやらを差し出した。幽霊はそれを受け取ってテーブルの前に立つと、銃口を的に向ける。

「まずここで安全装置を外すんだ」

幽霊の斜め後ろに移動した店主が人差し指で拳銃のお尻を突いた。幽霊は言われた場所を言われたように動かす。カチャンと小さな音がした。本当におもちゃみたいだ。

「ここを的と合わせて。よく狙って。撃ってごらん。外しても大丈夫、出るのはどうせ空気だから」

店主に言われた後、ほとんど間を置かずに幽霊は引き金を引いた。パンッと軽い音がして、的が印字された紙の端に小さな穴が開く。的には当たらなかったが、紙から外れもしなかった。これは腕前的にどの辺なのだろう。初めてで紙には当たっているのだから上手い方なのか。

「なかなかやるじゃないか。君、センスあるよ。ほら、君もやってみなさい」

店主は数歩後ろで静観していた俺に別の拳銃を差し出す。俺が受け取ったそれと店主の交互に見ると、店主は目尻と眉尻を更に下げて言った。

「大丈夫、これに人を殺すほどの威力はないから。うまい具合に当たって気絶くらいさ。これは若い女性が護身用に開発したものなんだよ」

そういうことを心配しているわけではないのだが……。俺は幽霊の隣に立って拳銃を構えながら思った。隣の的の人型にはすでにいくつかの穴が空いている。どうやら本当にセンスというやつがあるようだ。

俺は腕を上げ、片目をつむって、十分に狙いを定めて引き金を引いた。パンッという発砲音。的に穴は空かなかった。

「弾は無限だから、いくらでも練習して構わないよ。使えないと買う意味がないからね」

背後で店主の声が聞こえる。ちらりと隣を伺ったが、幽霊は夢中になって引き金を引いていた。俺は気を取り直して拳銃を構える。

もう五、六発撃ってみて、ようやく紙の端に弾が掠った時、俺は店主に大事なことを尋ねた。

「そういえば、これっていくらくらいするんですか」

「ん?金額かい?君が今持っているのは八万五千だよ」

「意外と安いんですね」

十万二十万は余裕ですると思っていた。ちなみに俺が駅前のATMでおろしてきた金額は十万だ。スタンガンの相場が検討つかなかったのもあるし、他に良い物があったら購入しようと思っていたのだ。

「それは威力の低い護身用だからね。高いやつはちゃんと高いよ」

「なるほど、そうなんですか」

俺は手の中の拳銃に視線を落とした。正直、この武器を気に入ってしまった。店主の言った通り相手に近寄らなくてもいいという点が素晴らしいし、飛び道具なのに弾がいらないところは最高だ。弾がいらないなら、ヘタクソでも乱射していれば当たるし。

「これ、買います」

俺がそう言うと、店主だけでなく幽霊も振り向いた。店主は小さく頷くと、「練習できる場所もそうそうないだろう。もう少し撃っていきなさい」と言った。

俺は的の中心に狙いを定めながら思った。人を傷付けるための道具を、どう見ても高校生のガキに売るなんて。この店は大丈夫な店なのだろうか。いや、考えるのはよそう。

小一時間程練習すると、だいぶコツが掴めてきた。百発百中とまではいかないが、いくつか的の中心近くに穴を開けることができた。これだけ慣れれば十分だろう。本当に撃つ機会が訪れるとも限らないし。

俺は勘定を済ませ、布製の巾着に厳重に包まれた拳銃をスクール鞄にしまった。店主のにこやかな顔に見送られながら駅を目指す。時刻は午後一時十五分。学校に着く頃には二時前だ。最早学校に行く意味はないような気がする。





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