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サングラム  作者: 國崎晶
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俺と一年後の気持ち




四月十六日、木曜日。いつもより五分早く家を出る。五分早くコンビニにつき、商品を選び始めるのも五分早い。昨日は運悪く大名と出くわしてしまった。よく考えれば大名だって弁当派だ。昨日はコンビニの店内に俺の姿が見えたから入ってきたに違いない。どういう意図でそうしたのかはわからないが。ただ、大名だって毎日同じ時間に家を出てるだろうから、五分ずらせば会わずに済むと思ったのだ。

「和輝、オレこのハンバーグ弁当食べたい」

幽霊の声に振り返ると、奴はハンバーグがメインの弁当を指差していた。弁当は持ち運びが不便だし値段も高いからできればパンにしてほしいのだが、俺は何も言わずにそれをカゴに入れた。一人でブツブツ呟きながら弁当選んでる奴がいたら怖いだろう。

弁当を選び終わると、幽霊は次に飲み物を選び始めた。パック入りのジュースの棚の前を行ったり来たりしている。そんなに悩むほど種類はないのだが、どうやら迷うのが楽しいらしい。

登校時に立ち寄った学生や、出勤前の社会人などで賑わう店内で、幽霊は人を避けながらジュースを選んでいた。幽霊のくせに何故すり抜けないのか聞いたら、天国では他人をすり抜けることが出来ないから地上でも避けるのが癖になっているのだと言っていた。言われてみれば、もし俺が今幽霊になったってつい通行人を避けてしまうだろう。

「和輝、和輝、今日はこれがいい」

幽霊はシークヮーサーティーのパックを指差して俺を呼んだ。俺はそれをカゴに入れる。また変なものを選ぶなこいつは。

目当ての物も買ったし、さっさとレジで会計を済ますことにする。ふらふらと店内を移動する学生の合間を縫いながらレジへ向かい、店員に買い物カゴをわたす。今日の幽霊の餌代は六百八十六円だった。お釣りと商品を受け取り、幽霊がついてきているのを横目で確認して自動ドアをくぐる。

俺は反射的に足を止めた。ドアをくぐった先に大名がいたのだ。大名は今まさにコンビニに入ろうとしていた様子で、明らかに通りがかりではない。センサーに引っかかり続ける俺のせいで自動ドアが開けっ放しになっており店員が迷惑そうな視線を投げかけてきていたのだが、俺にはそれに気付く余裕はなかった。

「朝波、あんた弁当やめたの?」

大名は俺の右手のコンビニ袋をちらっと見るとそう言った。

「別に、そういうわけじゃねぇけど……。ちょっと母親の機嫌を損ねちまってな」

「嘘」

カバンの中には母親手製の弁当がバッチリ入っているが、コンビニ弁当を手にしている今それを知られてはならない。二つも弁当を持って学校に行くなんて、俺は運動部員にも大食いキャラにもなったつもりはない。適当にごまかしてこの場を凌ごうと思ったが、大名は少し目を細めると一言「嘘」と言った。

「嘘って何が」

「一昨日あなたのお母さんに会ったわ。弁当は毎日作ってるって言ってた」

「一昨日の話だろ。俺がここに寄ったのは昨日からだ」

「それも嘘」

俺はギクリとした。何故こいつは俺の嘘が見抜ける?そんなにわかりやすい顔をしているつもりは無いが。

「三年になってからあなたが毎日ここに寄ってるの、知ってる」

背中を汗が一滴つたって落ちた。何故こいつがそんなことを知っている?何故こいつは俺のことを見ている?俺は新学年になりたての頃「見張られている」という表現をしたが、まさか本当に俺のことを見張っているのか?

不意に周りの音が耳に入ってきた。まるで今まで俺と大名だけの世界にいたのが、現実に帰ってきたみたいだった。俺のせいで開けっ放しになっている自動ドアを見て、店員が迷惑そうな目を向けている。俺と大名の横を通りにくそうに一人の客が出て行った。

俺は大名からふっと目を逸らすと、下を向いて大名の脇をすり抜けた。俺がここで選んだ行動は、情けなくも「大名から逃げる」というものだった。

「待って」

俺の背中に大名が制止の声を投げかけるが、俺はそれを無視して早足で学校を目指した。自分に向けられた好奇の視線からも、大名からも、今はとにかく逃げたかった。

二百メートルほど俯きながら歩き、背後を振り返る。あの幽霊野郎、またいなくなってやがる。まさかまた大名のところか?一体何がしたいんだあいつは。

俺はどうしようか迷ったが、このままここにいればそのうち大名が来てしまうだろう。幽霊のことは心配だが先を急ぐことにした。

学校につき、自分の席で幽霊が登校してくるのを待った。五分ほど経った頃だろうか、教室の前方のドアが開く音が聞こえ、顔を上げる。この五分間でもう何度も繰り返した動きだったが、今回は半分アタリで半分ハズレだった。開いたドアから大名が入って来る。

俺は思わず二度ほど瞬きをした。おかしい、大名の後ろにあ

のモサモサ頭がいない。俺はさりげない動きで教室を見回した。もちろん幽霊の姿はない。

どういうことだ?まさか俺が幽霊を視る能力を失ったということは無いだろう。そうなってくれたら有り難いのだが、能力を失うような心当たりはない。だとしたら、あの天パ野郎は未だどこかをうろうろしているということだ。一体どこにいる?そりゃあ、どこにいようとあいつの勝手なのだが……。

俺はモヤモヤした気分のまま一時間目を過ごした。一時間目終了のチャイムと同時に教師が教室を出て行くが、幽霊の姿はまだ見当たらない。すぐに二時間目が始まり、俺のモヤモヤは更に大きくなる。

三時間目が終了し、俺はついに席を立った。引ったくるようにカバンを手に取り教室を出る。大名が少し驚いたように俺を見ていたが、俺は決して背後を振り返らなかった。

幽霊の現状が気になりすぎて授業どころではない。今どこで何をしているんだあいつは。変なこと仕出かしてなければいいが。俺は下駄箱に上履きを放り込み、ローファーを突っかけた。

何せあの幽霊は実体化できる。これが他の幽霊なら、ごく稀にいる霊感のある奴がちょっとビビるくらいでほとんど無害だろう。だが実体化できるっていうのは厄介だ。とくにあいつは現代の常識がないから、ちゃんと見張っていないと不安で仕方がない。俺の名前なんか口走ったらどうする?

俺はとりあえず朝寄ったコンビニに向かうことにした。幽霊と別れたのはそこだし、そこくらいしか手掛かりはない。この街で、あいつがどこに行くかなんて俺にはわからないから。





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