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サングラム  作者: 國崎晶
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俺と時を進める勇気13




けっこう離れてしまった。が、七、八人しか列を作っていないかき氷の屋台を見つけることができた。俺と風子は順番を待ちながらみんなの注文を確認していた。

「えーっと、確かよすがちゃんがブルーハワイだったよね」

「だな。江戸川はメロンって言ってたっけ?」

「うん、あってるはず。わたしもメロンにするね。和輝君は?」

「どうしようかな。なんでもいいんだけど……じゃあ俺はレモンにするわ」

かき氷のシロップは色が違うだけで味は同じだと聞いたことがある。何味にするかは、つまりはただの見た目なのだ。

人数分のかき氷を買って、風子が二つ、俺が三つ持つ。二人とも完全に両手が塞がっているので、風子が躓きやしないかと冷や冷やする。

「よし、戻るか」

「けっこう遠くまで来ちゃったもんね」

風子はそう言って夜空を見上げた。花火はつい五分ほど前に始まったばかりだ。大きな火の花が夜空に咲いて、パチパチと瞬きながら湖に沈んでいった。

「花火も始まっちゃったし……」

「まぁ一時間くらいは上がるんだろ?」

「そうだよね。早く戻ってみんなで見よう」

歩みを早めた風子に「転ぶなよ」と注意を飛ばす。また一つ花火が上がって、風子の白髪を色とりどりに照らした。

周囲の人達も足を止めて空を見上げている。目の前が人の壁のようになり、風子は立ち止まった。

「でかいの上がってるな」

「そうだね。すごくキレイ……」

前半の盛り上がりなのだろうか。大きめの花火が立て続けに上がっている。先程風子の髪を染めた花火は、今その黄緑色の瞳の中にも咲いている。ガラス玉の中で花火が瞬いているようで、それが美しくて俺は思わず見とれてしまった。

「わたし、こんなに大きな花火を見るの本当に久しぶり。子供の頃に、お兄ちゃんとお父さんとお母さんの四人で来たの。家の近くの、もっと小さな花火大会だったけど」

兄貴のこと、気がかりなのだろうか。勢いで独り暮らしを始めて、そのバタバタもだいぶ落ち着いてきて、そろそろ冷静に兄貴のことを考え始めるタイミングなのかもしれない。

「すごく楽しかったなぁ。お父さんもお母さんもニコニコしてて。みんなで並んで花火を見る時にね、かき氷を食べたの。わたしはメロン味にしたの覚えてる。お兄ちゃんが、風子の目の色みたいだって言ったから」

ひときわ大きな歓声が上がった。前半で一番大きな花火だったのだろう。視界いっぱいに広がる火の花は、藍色の絵の具のような空を光で飲み込んだ。神々しくて、ぞっとする程だった。

「兄貴のこと、心配か?」

そう尋ねると、風子の瞳が俺を捉えた。ガラス玉の中に俺が映る。

「少し」

それからまた夜空を見上げて言い直す。

「ううん、やっぱり、すごく心配」

俺の手の平から、かき氷の容器についた水滴がポタリと落ちた。それが裸足の指先に当たってひやりとする。

「あのね、わたしとお兄ちゃん、お父さんとお母さんとあんまり仲が良くなかったの」

見ると風子の手も濡れていた。かき氷の容器がだんだん汗をかいている。

「小さい頃は優しくしてくれたんだけど、小学校に上がったくらい、気がついたらあんまり話しかけてくれなくなってて。クラスメイトのね、お家の話を聞いてようやく気づいたの。お父さんとお母さんがあんまりわたし達のこと好きじゃないって」

「……視えるからか」

風子は小さく、けれど確かに頷いた。

「幽霊が視えるのが、気持ち悪いって」

「……まぁ、わからなくもない。俺も子供の頃、両親が微妙な顔してたから。俺がオバケがいるって言うと、すげー嫌な顔するんだよ。だから言っちゃダメな事なんだってわかった」

「和輝君のお母さん、優しそうな人なのに意外だね」

「自分が見たことないものは信じられないんだよ」

「わたしはお兄ちゃんがいたから……視えないなんて信じられなくて。お父さんとお母さんはいつもイライラしていて、怖かった」

風子のおどおどした性格を形成したのは栗生の存在だと思っていたが、どうやら両親のせいでもあるようだ。八つ当たりが飛んでこないように存在感を薄めているうちに、自己肯定感が低くなってしまったのだろう。

「お兄ちゃんはいつも言い返してケンカになってた。あんまりいい思い出がないな……。なんでなんだろう。幽霊が視えるだけなのに」

風子はそっとまぶたを閉じた。キラキラ光るガラス玉が姿を消した。その瞬間、ちょうど不発弾が上がって、ほんの少しの間空が真っ暗になった。

「……やっぱり、兄貴のところに帰るべきだと思うか?」

こちらを向いた風子は困ったように眉尻を下げた。

「ううん。みんなにたくさん迷惑をかけて独り暮らしを始めたんだもん。もう少し頑張ってみるよ。でも、今はもうお兄ちゃんともう一度お話がしたいと思ってる」

ふわっと微笑んだ風子の表情は、寂しそうにも気丈に振る舞っているようにも見えた。

「だってわたし達、たった二人しかいない兄妹だもん。ケンカしてお別れなんて寂しすぎるよね」




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