俺と時を進める勇気12
そこそこ並ばなければいけない屋台も多かったが、順調にうどん、肉巻き棒、牛串を手に入れ、雑談や歩きながら食べた。花火が上がるまであと十五分。俺達は場所取りを始めた。見えやすい場所は人でいっぱいなので、少し離れた比較的空いているところにする。空いているといっても、周囲の人と多少隙間があるくらいで、見渡す限り人、人、人である。
「お、この辺いいんじゃねーか?」
江戸川が駆け出して、道路端の縁石に腰を下ろした。ちょうど五、六人分スペースが空いている。地べたに座るよりは楽だろう。俺達は他の人に場所を取られる前に、速やかに江戸川の隣に並んだ。
「花火が上がるのはあちらですよね?ここなら十分見えそうですね」
「だろ?いい場所見つけたよな!」
「はい、さすが江戸川様です」
江戸川とよすががいつもの茶番をやっている横で、悠葵ちゃんが後方に指を差して言った。
「和輝さん、すぐ後ろに唐揚げの屋台あるよ。たしか大名さん唐揚げ食べたいって言ってなかったっけ」
俺はそうだっけと内心で思いながら、すぐ側の大名に声をかける。
「おい、そこに唐揚げの屋台あるぞ」
悠葵ちゃんのようにかわいらしく指をさすわけでもなく、視線で屋台を示す。大名はそちらを見て「ほんとね」と呟いた。
「ありがとう。あなたが私の言ったことを覚えてるなんて思わなかったわ」
「別にそういうわけじゃないんだけど」
そこにいるオバケに教えてもらったとも言えず、俺は口を閉じた。その後すぐにまた開く。
「まだ時間あるし買いに行けば。すぐそこだし」
「そうね。そうするわ」
大名は財布を取り出すと、自分の座っていた場所に巾着袋を置いた。それから一度は江戸川に視線を向けるが、結局よすがにこう告げた。
「私、ちょっと唐揚げ買ってくるわ」
大名の人差し指の先を確認して、よすがは「お気を付けて」と言った。大名も江戸川よりよすがの方がしっかりしてると思ったんだろうな。
「おい、お前かき氷食いたいって言ってたのは?」
「あ!忘れてた!買ってくる!」
江戸川はぴょんと立ち上がる。その拍子に浴衣の袖がよすがの顔にバシンと当たり、彼女は無言で乱れた前髪を直した。
「俺買ってくるよ。お前花火楽しみにしてただろ」
「いや、悪いよ」
「いいよ別に。もともとついてきただけだし。風子も食うか?かき氷」
「えっ、いいの?でもわたしの分も買ったら自分の分が持てなくなっちゃうよ」
風子はそう言いながらまったりした動きで立ち上がった。
「手伝ってくれるのか」
「うん、みんなの分買ったら手が足りなくなっちゃうもん」
俺は風子に礼を言う。出番がなくなったと判断した江戸川は大人しく腰を下ろした。
「よすがは?食うか?」
「ええ、ではせっかくなので。お願いします」
それぞれ希望するシロップの味を聞き、頭に叩き込む。メモするほどのことでもない。俺は顔を上げて離れた場所にいる大名の姿を確認した。あいつの分は……まぁ無くていいか。唐揚げあるしな。
「瑞火ちゃん、何味がいいかな?」
「え、あいついらないだろ。唐揚げあるし」
「でもみんなの見てたら食べたくなるかもしれないし……。一応買ってこようよ」
「まぁどっちでも。いちごでいいんじゃね。無難に」
俺と風子は財布だけ持って縁石に腰掛ける二人に出発を告げた。悠葵ちゃんがひらりと風子の頭の横に並ぶ。
「わたしも行くね。かき氷は持てないけど」
「あ、悠葵殿」
微笑んだ悠葵ちゃんをよすがが引き止めた。俺達は三人とも振り返る。
「できれば私どもと一緒にいてくれませんか。屋外ですし、花火大会は上空からでも目立ちます。風子殿と朝波氏では死神と戦えませんから」
百パーセント正論だ。悠葵ちゃんの立場からしたら残るのが最善である。しかし風子と一緒にいたかったようで、悠葵ちゃんはしぶしぶよすがの隣に引き返した。
「じゃあ行ってくるわ」
「すぐ戻るね。瑞火ちゃんにも伝えておいてほしいな」
風子は小さく手を振ると、小走りで俺の隣に並んだ。しかし人の群れですぐに自然と前後になる。
「たしか向こうの方にあったよな」
「うん、通ったとき見たもんね」
花火が上がる直前。騒がしい人の波のなかで、俺の耳は背後からの声を正確に拾う。これは風子の声だ。でもたぶん、水祈の声に似ているからこんなにもはっきりと聞き取れる。
さっきみたいなこと、つい最近もあったな。とふと思った。ついて来ようとする悠葵ちゃんをよすがが引き止めた光景だ。ほんの数歩歩くうちに、それは風子が引っ越した夜の出来事だと思い出した。夕飯を買いに行く俺と風子に悠葵ちゃんが着いてこようとしたのだ。
それを思い出して、もしかしてよすがの奴、死神を警戒しているというより俺に気を遣ったのでは?と思った。だからそういうのじゃないって言ってるのに、本当にしょうがないやつである。
「うわあ、かき氷屋さんすごく混んでるね」
「あー、まぁ見やすい場所だしな、この辺。もうちょっと戻ってみるか」
「そうだね。遠くの屋台なら空いてるかもしれないもんね」
この辺りは有料席も近く、そうでなくても障害物がなく花火が見えやすい。花火が上がる寸前で並ぶならそりゃあここらの屋台に決まっている。空いている屋台を探して俺達は更に先へ進んだ。




