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サングラム  作者: 國崎晶
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俺と時を進める勇気11




最寄り駅である大槌駅はそうとうな人混みだった。人であふれ返っていて、右にも左にも動くことができない。ゆったりと進む人の流れに乗って会場を目指すことしかできなかった。

俺達は全員が近くにいるか確認しあいながらほとんどすり足で前に進んだ。風子なんて気が抜けた瞬間に人の波にさらわれてしまいそうだが、まぁ頭上をふよふよ浮いてる悠葵ちゃんが目印になっているので見失うことはないだろう。それより小柄なよすがの方が心配だ。押しつぶされそうである。江戸川もいちいち「わー」とか「ぐわー」とか言ってるし、こいつらほんと何で霊体で来なかったんだ。

「すごい人だったなー」

広々とした道に出て、まるで一仕事終えたような表情で江戸川が言った。この辺りから少しずつ道の端に屋台が現れ始める。

「全員無事か?」

俺の言葉に江戸川と風子と悠葵ちゃんが「はーい」と手を上げた。そんな三人をよすがと大名は特に表情なく見ている。

「花火が始まるまであと一時間半ね」

「思ったより時間がありませんね」

「駅から出るのに相当時間食ったものね」

大名が腕時計で時刻を確認する。電車を降りた瞬間から駅はもう人でいっぱいで全然移動できなくて、一歩が十センチとかのレベルだった。ここまで来るのに普段なら徒歩十分程度だろうが、今日は一時間かかった。誇張でなく本当に。

「とりあえず花火の前に何か食うか?」

「そうですね。それがいいでしょう」

「ならさっさと食べるもの決めた方がいいわよ。屋台もクソ並ぶから」

俺は先日の江戸川の言葉を思い出す。

「お前この前焼きそばとかき氷が食いたいって言ってなかったっけ」

「言ってた!焼きそば食べよう焼きそば。和輝は何か食いたいものあるか?」

「俺は何でもいい。風子は?」

「わたしはもちもちポテトがいいなぁ」

そう答えながら、風子は巾着袋から何か取り出した。カラフルなそれは折り畳まれた花火大会の広告だった。

「さすが風子、それ持ってきてたのか!」

「うん、職場のパートさんにもらったの」

風子と江戸川は広げた広告を覗き込む。二人の間から悠葵ちゃんもそれを真似た。おすすめの屋台が広告に載っているのだ。

「やっぱりもちもちポテトが一番いいなぁ」

「じゃあポテトも買おう!よすがは?何が食いたい?」

「私も何でも大丈夫ですよ」

「まぁまぁそう言わずに。いろいろ売ってるぞ」

「そうですね……ではうどんがあるならうどんにします」

「うどんは……。お!よかったな、あるみたいだぞ!」

江戸川は嬉しそうにそう報告し、よすがはニコリと微笑んだ。上司と部下というより、姉弟みたいだ。

「瑞火様は何か食べたいものはありますか?」

「私は牛串と肉巻き棒と唐揚げにするつもりよ」

見事に肉ばかりである。

「大名は肉が好きなんだな!」

「は?別にそうでもないけど?」

「そ、そうか……」

冷たい反応が返ってきて江戸川はしゅんとした。気を取り直すようによすがが言う。

「江戸川様、焼きそばの屋台が見えましたよ。あそこで買って行かれますか?」

「ほんとか!?そうする!」

「今ならまだ並んでいる人が少なそうですよ」

「オレ先に並んで来る!」

江戸川はそう言うと屋台の方に駆けていってしまった。

「ねぇ、前から思ってたんだけど、何であんたあいつにだけ様付けなの?」

もっともと言えばもっともな質問を大名が口にする。何せこいつは江戸川が神だということは知らない。

「そ、それは……。尊敬している上司なので」

「あいつの方が上司だったの」

「ええ、人望のある方ですよ。江戸川様は」

「上司を様付けで呼ぶなんて変な職場ね」

よすがは困ったように黙った。最近ようやく気付いたが、こいつはたぶんそんなに要領のいい方ではない。仕事は出来るのだろうが。大名に何を言われたって、とりあえずニコニコしてスルーすればいいのに。

誰かさんのせいであまり良くない雰囲気のまま屋台につくと、ちょうど江戸川が焼きそばを受け取ったところだった。

「和輝、半分こしようぜ!」

笑顔で差し出された割り箸を、反射的に受け取ってしまう。

「何故わざわざ俺と」

「なんでもいいって言ってたじゃねぇか」

言ったけれども。隣にポテトフライの屋台があったので、風子はそこで買うことに決めた。よすがが付き添うと言って、悠葵ちゃんと三人で最後尾へ向かう。俺は割り箸を割ってありがたく焼きそばをいただいた。

「あなた達ちゃんと仲がいいのね」

「何だそれ」

「めちゃくちゃ仲良しだぞ!」

江戸川は当たり前にそう答えて、でかい口で焼きそばにかぶりついた。大名は興味を失ったようにふっと視線を外す。隣の屋台でもなく、道の先のどこか遠くを見ていた。

「ふぁふき、ふぉんふぉんふえ。ふぁおれひふぁうふぉ」

「なんて?」

こちらに焼きそばを差し出しながらの言葉なので、おそらく正解は「和輝、どんどん食え。倒れちまうぞ」だろう。

「空いてる屋台選べば花火が始まるまでになんとかなりそうだな」

「そうだな!みんなの食べたいもの用意して、さっさと席取りしねーと!大名は何回か来たことあるのか?ここ」

つまらなさそうに遠くを見ていた大名は江戸川に横顔を向ける。

「まぁ。子供の頃にね」

「そうなのか!家族で来たのか?」

「ええ。父親と、母親と。妹と。朝波に会ったわよね?小学生の頃」

「え?ああ、まぁ」

今まさに焼きそばを口に運ぼうとしていた俺はお座なりな返事をした。そういや昔父親と二人で来た時に、大名家に出会った気がする。小学三、四年生くらいだったはずだ。学校帰りの雑談で、家族で見に行くと水祈が言ったから、もしかしたら会えないかと思って行ったのだ。もともと父親は行きたいと言っていたし。

「そうなのか!滋賀県では人気の花火大会なんだな」

「この辺では大きい方だから、近くなら県外からも来るらしいわよ」

大名はようやくこちらに顔を向けた。趣味の悪い真っ赤な兵児帯と、肩につく毛先が風でわずかに揺れる。

「こんなに大勢いる中で偶然出会えたのよ。すごいと思わない?」

「言われてみればそうだな!向こうの方は人でぎゅうぎゅうなのに、よくお互いわかったもんだ」

たしかに、小学生の頃はすごいと思った。こんなに人がひしめく中、俺は水祈を認識し、水祈も俺を認識した。背の高い大人達の隙間から水祈の顔が見えてパチッと目があった。それはきっと運命だった。だが相手を大名に置き換えると、当然そんな感情も消える。

「そうよ。花火が始まる直前で、人で溢れかえっていて、その中で私達はお互いを見つけたのよ。運命だと思わない?」

そう言った大名の唇は弓なりに曲線を描いた。俺はその笑みから紡がれる「運命」という言葉に、冷たい手でそっと背中を撫でられたような嫌悪感を覚えた。

「大名がそう思うならそれはきっと運命だ。未来っていうのはもともと決まっていてどう頑張ったって変えられないものだから、その日の出来事は運命だとオレは思うぞ」

江戸川の言葉に気を良くした大名は嬉しそうに微笑んだ。





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