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サングラム  作者: 國崎晶
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俺と時を進める勇気10




さて、八月二十二日、土曜日。今日は琵琶湖花火大会である。それぞれ浴衣に着替えて、野洲駅に集合して電車で行く予定だ。

俺は玄関で足に下駄を引っ掛けて振り返った。「おい、早くしろ」と大声を出したいところだが、リビングには母がいるのでやめておく。俺が玄関へやって来たことに気がついて、リビングにいた母がわざわざ見送りに出てくる。母が出てくるとき、クーラーが効いたリビングの冷たい空気がブワッと流れ出てきた。

「あら、あらあらあらあら、いいじゃないそれ。あんた浴衣なんか持ってたっけ?」

「知り合いに借りた」

出てくるなり俺の全身をニ往復も三往復も眺め回し、母は嬉しそうな笑みを浮かべた。

「あらそうなの。またお礼をしなくっちゃねぇ」

「ああ、まぁ、しとくよ。返すとき」

「もう、行くんならもっと早く言ってくれればいいのに。彼女さんと行くの?」

「だからいないって。江戸川だよ。覚えてるだろ」

「まぁ江戸川君。あの子不思議な子だったものねぇ。まだ仲良くしてるみたいで安心したわ。また遊びにいらっしゃいって伝えておいて」

「わかったわかった。駅で待ち合わせしてるからもう行くな」

ちょうど江戸川が降りてきて、母の隣にフワッと並んだ。話を聞いていたらしく、「また遊びに来まーす!」と言った。なんだかんだ週に三日は母さんの作った飯食ってるんだけどな。

「気をつけてね。行ってらっしゃい」

母に見送られ、俺は下駄をカラコロ鳴らしながら出発した。

「和輝、浴衣よく似合ってるな!」

「そりゃどうも。お前の方が似合ってるよ」

「へへ、そうか?なんか照れるな」

そう言ってヘラヘラ笑う江戸川は紺色の浴衣に白っぽい帯を巻いている。俺は渋い色の緑の浴衣に、白い模様が入った紺色の帯を着けた。別にどっちがどの色を着ろとは書かれていなかったが、何となく江戸川の方が紺色が似合いそうだったので渡したのだ。

「よすが達は何色の着てくるかな?」

「よすがは白か黒だろうな」

「よすがだって色つきの服を着ることもあるぞ」

「そういうフォローがあるのがなんかもう微妙だろ。風子は薄紫とかじゃね」

「似合いそうだな!風子は淡い色が似合うだろうな。大名はどんなの着てくるかな」

「それは知らん。あいつ黒字に赤い花の模様とかド派手なの着てきそうじゃね」

「えー、でも大名って服そんなに派手じゃないぞ?」

「あいつちょいちょいギャルみたいな服着るじゃん」

「そうなのか。和輝は詳しいなぁ」

「むしろ気分悪いからなそれ」

そうこうしているうちに野洲駅に到着した。江戸川は「ちょっと待ってろ!」と言うと駅のトイレに消え、すぐに実体化して戻ってきた。霊体の方が電車賃もかからないし満員電車で不快な思いもせずに済むのだが……まぁこいつがいいならそれでいいか。

「よすが達もう来てるかな?」

「もうすぐ着くってさ。改札の方行ってるか」

何せ外は暑い。別にクーラーが効いているわけではないが、改札の方が直射日光が当たらない分相当マシだろう。

改札の近くで時間を潰していると、風子、よすが、大名、悠葵ちゃんがこちらに来るのが見えた。さて、答え合わせの時間だ。

「お、お待たせ、二人とも。待たせてごめんね」

そう言った風子はベージュに黄色水色青色の大きめの花柄の浴衣に白い帯を巻いていた。予想はハズレである。長い髪は珍しくアップスタイルにまとめている。帯と同じ色の白いコサージュをつけていた。

「すみません、着替えに手間取りまして」

よすがは薄紫に白い線で花が描いてある浴衣に、濃い紫色の帯を巻いていた。またハズレである。まぁ紫はよすがの瞳の色と同じだし、似合っているといえば似合っている。

「あっつ。暑すぎじゃない今日。コンビニで飲み物買って行きましょう」

そう言って誰も同意しないままさっさとコンビニに向かった大名は、白地に黒と赤と紫の花柄の浴衣に、白黒の帯に更に赤い兵児帯を重ね、頭にでっかいコサージュを二つもつけていた。ハッキリ言って似合ってない。

勝手にコンビニへ向かった大名を追いかけながらも、江戸川は二人に声をかけた。

「二人共浴衣似合ってるな!モデルさんみたいだぞ!」

「そんなことないよ。でも嬉しいなぁ。ありがとう」

「江戸川様の方がよくお似合いですよ」

人混みを避けるようにみんなの頭上で浮いていた悠葵ちゃんがニコニコ嬉しそうに言った。彼女は着替えることができないのでいつものレモン色のワンピースだが、気分はしっかりと味わえているらしい。

「二人共すっごくかわいいよ!浴衣とっても似合ってる!」

「えへへ、悠葵ちゃんもありがとう。相楽さんが選ぶの上手だっただけだよ」

「遅いわよ。早く来なさいよ」

すでにペットボトルを手にしてレジに並ぼうとしている大名が不満そうにこちらを見ていた。風子が律儀に謝罪しながら慌ててそちらに向かう。

「ならあいつの浴衣も相楽さんに選んでもらえばよかったな」

「瑞火様のは……少々派手やかですからね……」

「大名のはすごいな!」

なんかちょっと浮いてる気がするけど、本人が気にしていないのなら俺達が口出すことでもないだろう。それに現地に行ったら浴衣だらけだろうから一人くらい多少派手なやつが混ざっていても目立たないしな。

俺達は飲み物と切符を買ってホームへ向かった。野洲駅ですらすでに人が多い。今日はなかなかに疲れそうだ。




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