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サングラム  作者: 國崎晶
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俺と時を進める勇気9




「わあ〜!すごい!このお肉すごく柔らかいね!わたしこんなに美味しいお肉初めて食べた!」

風子は口の中の肉を飲み込むなり、目を輝かせてそう言った。隣で悠葵ちゃんが嬉しそうに飛び回り、江戸川も箸を振り回しながら「そうだろそうだろ!?なんせ高級牛肉だからな!」とご満悦だ。

俺がよすがに提案した条件とは、風子と悠葵ちゃんを呼ぶことだ。人数が増えれば俺的にはだいぶ心が落ち着く。それに、風子も節約生活中だしたまには美味い肉を食べるのにいい機会だろう。俺の提案を聞いて、よすがはすぐにアパートへ飛んで行った。

「瑞火ちゃん、呼んでくれて本当にありがとう!」

風子が満面の笑みでそう言う。大名的には別に呼んでいないのだから、図々しい奴だと思っただろうか。肉にタレを絡めていた大名は、ちょっと顔を上げて「別に、たくさんあるから」と言った。

「風子も来てくれてよかった!夕飯作ってたらどうしようかと思ったけど」

「今日はお買い物してから帰ったから遅くなっちゃって、ちょうどお夕飯の支度もまだだったんだ」

「そうなのか。じゃあいいタイミングで呼べたんだな!」

「うん、ありがとう。こんなに美味しいお肉が食べれるなんてすっごく幸せ!瑞火ちゃんにもまたお礼させてもらうね!」

「いいわよ別に、貰い物だし」

「瑞火様、これ焼けてますよ」

大名の隣に座っていたよすがが、焼けた肉を菜箸で大名の皿に移した。この五人の中で鍋奉行ならぬ肉奉行を買って出たのはよすがだけである。まぁ、大名は絶対やらないだろうし俺も面倒臭いことはしない。江戸川と風子はただただ肉の美味さに感動している。そもそもメンバー的によすが以外にやる奴がいない。

「どうぞ」

よすがが俺の皿に肉を乗せた。腕を伸ばして、他のメンバーの皿に次々と焼けた肉を配ってゆく。それから生肉を取り出して空いた網の上に乗せた。

「ねぇ、再来週花火大会があるの知ってる?」

やにわに大名がそう切り出した。完全に俺の方を向いて放たれた言葉だったが、元気よく返事をしたのは江戸川だった。

「知ってるぞ!二十二日だよな!?大名も行くのか?」

「あなた達は行くの?」

「ああ、みんなで行く約束してるんだ」

俺は嫌な予感がして、しかしどうすることも出来ないまま口の中の肉を飲み込んだ。隣のよすがも肉を焼くことに集中するふりをしながら聞き耳を立てて成り行きを見守っている。

「そうなの。それ、私も一緒に行っていい?」

そうくると思った。全く同じ予想をしていたであろうよすがが、江戸川の方を向いて視線で何かを伝えようとする。江戸川は俺の顔を見て、その過程でよすがの視線に気がついて、「う〜……ん」と唸ったが、すぐにこう言った。

「みんなで行った方が楽しいもんな!」

馬鹿野郎!断れよ!役立たず!その天然パーマさらっさらのストレートにしてやろうか!

「そう。ならみんなで行きましょう」

「あ、瑞火様。あのですね、私達浴衣を着ていこうと話しているのですが、瑞火様は浴衣はお持ちですか?」

よすが!頑張れ!江戸川お前は余計なこと言うなよ!

「持ってないわ。でもまだ日はあるし、買いに行けるわよ」

「そんな、わざわざ買いに行っていただくなんて申し訳ないです」

「ならみんな普段着で行ってくれるの?」

よすがは黙った。まぁ、江戸川が「いいよ」って言ってしまったものを、あとから「やっぱだめ」と言うのは難しい。頑張ってくれた方だ。

俺は心の中で健闘を讃えながら、サラリとこう言った。

「あ、じゃあ俺行くのやめとくわ。その日バイト代われないかって頼まれてるし、そんなぞろぞろ行ってもしょうがねぇだろ」

「え!」

江戸川の「え」が大きすぎて、風子と大名の反応がかき消えた。

「和輝!みんなで行くんだぞ!絶対楽しいだろ!?」

「もともと花火とかそんな興味ないし、諦めてくれ」

「あとで後悔するぞ!みんな楽しんでるのに自分だけバイトなんてって、絶対寂しくなるぞ!」

「わかった、備えとくよ」

「え〜!和輝〜!」

そんな駄々こねてもしょうがねぇだろ。元はといえばお前のせいだぞ。

よすがは今日このバーベキューに無理矢理連れてきたという負い目があるのか、まるで空気のように存在感を消すことに努めていた。ちなみにだが、バイトを代わってくれと頼まれているっていうのは当然嘘だ。

「和輝君、せっかくだからみんなで行こうよ。わたしもみんなで行けると思って楽しみにしてたよ」

風子はそう言って、ちらりと悠葵ちゃんの顔を見た。悠葵ちゃんも同意するように大きくうんうんと頷く。まぁ風子達のこれは本心だろうな。

「大名が代わりに行くって言ってるんだから、行ったら行ったで当日それなりに楽しいだろ」

「そんなぁ。一緒に行けると思ってたのに……」

そう言って風子はほんの少し視線を下げた。江戸川と風子が黙ったのを確認して、大名が口を開く。相変わらず表情の色は乏しい。

「朝波、みんなで行きましょう」

「なんで」

「なんでも何も、あなたも来るのよ」

それから隣のよすがに視線を移してこう言う。

「よすがもその方がいいと思うわよね?」

「ええ……そうですね……。しかし、バイトがあるのなら仕方のないことなのでしょうね……」

「バイトはまだ確定してないわ。その日は代われないって断ればいいのよ。どうせそいつも花火に行きたいだけなんだから」

「…………」

よすがは完全に黙ってしまった。よすがは江戸川には甘いって感じで弱いが、大名には立場的な意味で弱い気がする。実は前に風子の所に居候させてもらえばどうかと提案したこともあるのだが、悠葵ちゃんとの時間を邪魔してしまうと断られた。よすがの立場から考えたらむしろ居候して悠葵ちゃんの悪霊化を見張れた方が都合がいいと思うのだが、律儀なやつである。

「ここにいる全員があなたに来てほしいって言ってるのよ。どんな気持ちで断ってるの?それ」

「どんな気持ちと言われても」

「一度は行くって言ったんでしょ?自分の言葉に責任持ちなさいよ」

「いや行くとは言ってない」

「でも行かないとも言わなかったのよね?」

「それはまぁ……」

ダメだ、よすが以外の全員が大名の味方についている現状、分が悪すぎる。しかも江戸川は俺を見つめ「和輝……!」と呼ぶし、風子は両手をぎゅっと握って「和輝君……」と呼ぶし、悠葵ちゃんは少し怒ったように「和輝さん!」と呼ぶし、よすがは申し訳なさそうにこちらを見ている。俺はわざとため息をついて仕方なく言った。

「わかったよ、行くよ俺も」

「さすが和輝だ!信じてたぞ!」

「和輝君、ありがとう!」

「やっぱりみんなで行かないとね!」

異口同音ってこういうことを言うんだろうか。三人がワッと盛り上がった後、一拍おいて大名も口を開いた。

「当然よ。一度言い出したことだもの」

マジでこいつ腹立つな。俺は思わず悪態をつきそうになったのを、すんでのところで飲み込んだ。



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