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サングラム  作者: 國崎晶
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俺と時を進める勇気7




「えっ、花火大会?行ってみたい!」

肉じゃがのニンジンを箸で摘みながら、風子はそう言って微笑んだ。現在八月十三日木曜日午後七時。俺達は風子の家にたまに集まって、こうして夕飯を囲んでいる。

「だろ!?みんなで行ったら絶対楽しいよな!」

「うん!楽しいと思う!」

「わたしも行きたいなぁ〜」

江戸川の言葉に風子は大きく頷き、悠葵ちゃんも続いた。俺は静かに食事をするふりをしながら、そっとよすがの反応を窺った。こいつが賛成しだしたら俺の参加も確定的なものになるだろう。

白米を咀嚼していたよすがは、それをしっかりと飲み込んだ後で口を開いた。

「いいですね、花火大会。風情があります」

「いや、お前この間海行ったときの花火混じらなかったじゃねーか」

「ああいうのはあまり得意ではありません」

ついツッコミを入れた俺に、よすがはしれっとそう答えた。ようするに、ワイワイパーティーピーポーみたいな雰囲気が苦手ってことか。まぁわかるが。

「じゃあよすがも参加決定な!シフトの希望間に合うか?」

「その日はもともと休みなので大丈夫ですよ」

「楽しみだね!わたしも二十二日はお仕事早上がりだから間に合うよ」

「やったぁ!みんなでお出かけするの海の日以来だね!」

悠葵ちゃんがぴょんぴょんと風子の周りを半周した。子供がこんなに喜んでくれてるんだから、もう行くしかない。俺だって別に行きたくないわけじゃない。ただちょっと面倒臭いだけで。

「風子ちゃん浴衣着たら?きっと似合うよ!」

悠葵ちゃんはそう言って風子の顔を覗き込んだ。自分はもういろいろな服を着てオシャレをすることが出来ないから、友人の風子に代わりに楽しんでほしいのかもしれない。

「浴衣すごくいいね。みんなで着ていったら楽しいだろうなぁ」

「ですが、皆さん浴衣など持っているのですか?」

「そ、そっか……」

「たしかに……」

よすがの一言に風子と悠葵ちゃんはしょぼくれる。風子もそうだがよすがも江戸川も浴衣なんて持っていないだろう。俺も持っていないし。

「普段の格好で行くのが一番楽なんじゃね?」

「大名は浴衣持ってないかなぁ」

俺と江戸川の声が重なった。だが、みんなの気をより引いたのは江戸川の言葉だった。

「それいいじゃん!大名さんに貸してもらおうよ!」

「瑞火ちゃん、二着も浴衣持ってるかなぁ?」

浴衣なんか動きにくいだけだし、絶対に普段着の方がいいと思うのだが。俺はため息をつくと、気持ちさっきより大きめの声で言った。

「あいつ陰キャだし浴衣なんて持ってないだろ。それに自分は誘ってくれないのかって思わねぇ?普通」

江戸川、風子、悠葵ちゃんの間に「たしかにそうかも……」という空気が流れる。

「浴衣なんて無理して着てかなくても楽しめるって。人も多いし動くの大変じゃねーか。風子なんかたぶん転ぶぞ」

「それはわかるかも」

真顔で同意する江戸川を見て、風子はしゅしゅしゅしゅ〜と小さくなった。いや、お前はフォローしてやれよ。「普段和服着てるから風子の方が慣れてると思う!」とか言って。

「普段から和服を着ている風子殿の方が朝波氏より慣れていると思いますが」

いやお前が言うんかい。

「ついでみたいに俺をけなすな。まぁとりあえず、無いものはしょうがねーしいつも通りの格好で行けばいいんじゃね。買うのも金の無駄だし」

「え〜、みんなで着たかったなぁ、浴衣。祭りに行った気分がより味わえるだろ?」

江戸川が諦めきれない様子で言う。それを見たよすががこう提案した。

「そんなに気になるのでしたら、一度相楽殿にお願いしてみますか?」

「する!」

江戸川が勢い良く顔を上げる。これが他の誰かだったらよすがはこんな提案しなかっただろう。相変わらず江戸川に甘い。

「いや、相楽さんに迷惑だろ」

「まぁ、そうですが。聞くだけ聞いてみては。何でも屋と名乗っているのですから、浴衣の三着や四着すぐに用意できるのではないでしょうか」

「そうかもしれないけど、そんなに甘えていいものか……」

渋る俺に、江戸川は明るい声で言った。

「聞くだけならタダだ!オレ、明日バイト終わりに寄ってくるよ!飛べばすぐだし」

そういう問題じゃないんだよなぁ。なんか優しい人に集るようなことするのが気まずいというか……心が苦しいというか……。

「わ、わたしも行こうか?」

「いや、風子も仕事で疲れてるだろ。それに飛んだ方が早い」

「そっか……。じゃあ文太郎君にお願いするね」

「おう、任せとけ!」

江戸川は自分の胸をドーンと叩いた。俺はそれを不満げな目で眺め、視線を提案者のよすがに移した。黙って肉じゃがを口に運んでいたよすがは俺の視線に気がついて顔を上げる。

「……なんです?」

「いや、何も」

相楽さんに頼むのはもうこれっきりにしよう。俺はもう諦めて、食事を続けるために箸を握り直した。もともとあんなにデカい借りがあるのに、よくもまぁ更に別の頼みごとが出来るもんだ。こいつらの神経どうなってるんだ。もしかして俺がおかしいのか?

どんな柄の浴衣がいいか盛り上がる三人を眺めながら、俺は黙って食事を続けた。





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