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サングラム  作者: 國崎晶
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俺と時を進める勇気4




さて、風子の問題もだいたい片付いて平穏を取り戻した俺の日常。今日のシフトは十一時から十八時。俺はバイト先のファミレスでサラダを盛り付けていた。ドレッシングをかけて顔を上げる。今日はホールスタッフが一人欠勤で人手が足りていない。このサラダを配膳するスタッフがいないようなので、仕方なく自分で持っていくことにした。

サラダの注文は十番テーブル。たしか一番奥の二人掛けの小さなテーブルだ。ホールに出ると、お昼は過ぎたがまだまだお客さんでいっぱいだった。そりゃホールも回らないわな。

騒がしい店内を横切って十番テーブルを目指す。小さなテーブルに座っている男性の後ろ姿が見えた。どうやらおひとり様らしい。

「お待たせいたしました。イタリアンサラダです」

足も止めぬうちから声をかけ、テーブルに皿を置く。顔を上げた男性とバチンと目があい、お互いにポカンと口を開いた。先に気を取り直したのは相手の方だった。

「あれ、君、会ったことあるよね」

「えっと……」

「ちょっと待って、思い出す。え〜っと〜……」

男は目を閉じて「ん〜」と唸った。耳の上でパツンと切りそろえた毛先が小さく揺れる。

「あっ、そうだ、思い出した。小さな女の子を庇ってた彼氏の方だ!」

「彼氏じゃなくて友達。おばけ視える仲間」

「どっちでも一緒だよ。君、ここで働いてるんだ。俺ここに来るの二回目だけどこの前は会わなかったね」

「何で死神がこんなところで飯食ってんだよ」

呆れた声でそう言うと、死神ーー確か花韮野次郎だったかーーはニコッと笑った。誤魔化すつもりなのか、ただ単に説明するのが面倒だったのか。

「まぁ、俺にもいろいろあるんだよ。それに、地上の飯ってやっぱたまに食ってみたくなるんだよなぁ」

「そうか。俺は仕事中だからもう行くけど……」

「仕事頑張れ〜」

後ろ髪を引かれながらも厨房に戻る。すると、裏口から先輩アルバイトが入ってくるのが見えた。ホールも厨房も完璧に熟すベテランアルバイトだ。確か今日は休みだったはずだが。

先輩と挨拶していると、リーダーが両手にポテトを乗せながら俺に声をかけた。

「朝波君、今日六時までだよね?今急遽久田君に来てもらったからさ、今のうちに休憩入ってくれないかな?」

「はい」

俺の返事を聞くと、リーダーはさっさとホールに出てポテトの提供に向かった。着替えた久田先輩が厨房に入ってきたのを確認して休憩室へ行く。制服であるシャツとエプロンを脱ぎ、裏口から出て正面から再度店に入った。レジで会計をしていたアルバイトが顔を上げたが、俺だとわかるとそのまま接客を続けた。

俺は店の奥へずんずん進む。目指すはもちろん十番テーブルだ。死神は先程と同じように座っていて、サラダしかなかったテーブルには料理が揃っている。俺は空いている正面の席にドカッと腰を下ろした。

「わあ、びっくりした。もう仕事終わったの?」

「いや、休憩」

俺の短い返事を聞きながら、花韮はハンバーグを箸先で切り分けた。

「お前、いつまでここにいるんだ?」

「食べ終わったらすぐ出るよ。お客さんも多いみたいだし」

「そりゃ殊勝なことで。仕事中なのか?」

俺はテーブルの上の呼び鈴を押した。やって来たアルバイト仲間にビーフシチューオムライスとポテトを注文する。実体験から導き出した、この店ですぐに作れる二品だ。

「一仕事終えてきたところだよ。この前君と会った所と場所近かったよ。空気が悪いのかな」

「ご苦労さんだな。いつもこっちで飯食って帰んのか?」

「その時々だよ。今は時間潰しも兼ねてる」

「時間潰し?」

「君って俺にビビったり遠慮したりしないんだね。その辺にいる霊じゃなくて死神だよ。こっちの人間は死神を怖がるものなんじゃないの?」

と言われても、普段隣にいるのが神様だからな。とはいえそれはこいつは知らない情報だし、知られない方がいい情報だ。俺は花韮の言葉をまるっと無視して同じ質問をした。

「何の時間潰してんだよ。定時とかあんのか?」

「そういうのはないんだけど。相棒を待ってるんだよ」

「相棒?チームで動いてんのか?」

「まぁね。何かあったら危ないだろ?死神は基本的に戦闘に特化した訓練を受けているけど、一人じゃ対処できない悪霊もたまにはいるんだよ。それに、もし魂が消滅したら誰かがそれを上に報告しないといけないだろ。俺達は上に戻ったら友達や仕事仲間がいるんだから」

何でもない顔で、そんなにサラッと言うことでもないと思うが。こいつも江戸川もたまにすげー人間臭いけど、そりゃそうだよな。こいつら天国では人間やってるんだもんな。大切な人の一人や二人きっといるし、死んだらもう会えないのも同じなんだ。

「その相棒は今何やってんだ?」

「恋をしてる」

「は?」

「だから、恋をしてる。こっちに好きな人がいるんだって。それで会いに行ってる。俺達は仕事でしか地上に来ることはできないから」

つい、何も言うことができなかった。そんなのアリかよ。そんなの、ずるいじゃないか。

「その……相手の人は、幽霊が視えるのか?」

死神はゆっくりと首を横に振った。

「だから、見守ってるだけなんだって」

余計に酷い。だって、俺だったら……。俺だったら、水祈と話すことができるのに。

「可哀想だと思うかい?」

「……そりゃあ。可哀想というより、酷い話だ」

「ははは、案外ロマンチストだね。でも俺は馬鹿らしいと思うよ」

「何で」

「だってどうせ叶いっこないのに。すぐに忘れたらよかったんだ」

俺は「そんなことないだろ」とは言えなかった。魂だけの存在に流れる時間は緩慢だ。人間の一生分の時間をそのままの精神で生きる。その相棒は、相手が恋をして結婚して老衰で死ぬまでずっと見守っているのだろうか。

「しかもね、その相手、恋人がいるんだ。悲惨だろ」

「どうするつもりなんだ?お前の相棒は」

「どうするつもりもないって。その二人も苦しい恋をしてるからそれを見守るって言ってた」

「立場の違いとかで結婚できないやつか?」

「まぁ、そんな感じ」

花韮はこっそりとため息をついた。だがそれは表情で俺に伝わってしまっていた。

「俺達転生するまであと何十年かかるかわからないのに、そんな消化できない気持ちを育ててどうするっていうんだろうね」

そう言って疲れたように微笑んだ。それからガラッと声色を変えて続ける。

「そういえば、あの女の子は元気?白髪の」

「え、ああ、まぁ」

「そう。浮遊霊の子はこの辺に来るたびに探してはいるんだけど、うまく隠れてるね。たしかヒマワリちゃんだっけ?」

「ヒマリちゃん」

「そうそう、それそれ。俺達って漫画みたいにお互いの気配感じるとかないから、見つからなかったらもうずっと見つからなさそう」

「見つけなくていいよ」

「そういうわけにもいかないよ。仕事だからね」

ハンバーグの最後の一口をゆっくり咀嚼して飲み込むと、花韮は箸を置いた。

「悪霊化して、君が殺されるかもしれない」

「別にいい」

「へぇ。じゃあ、お友達の女の子が殺されるかも」

「……それは困る」

「君は生きている人間だろ?君にとって生きている人間と死んでいる人間、どっちが大事?」

それには何も答えられなかった。俺にとって、そんなに簡単に整理がつく問題ではない。

「死んだ人間にはさ、次の人生が待ってるんだよ。天界で新しい仕事をして新しい友達ができるんだ。新しい人間になるんだよ。だから生きている人間は死んだ人のことなんか覚えてなくてもいいんだ」

花韮は俺の目をじっと見て、「忘れたらいいんだよ」と続けた。

「……そんなことできるかよ。俺はそんなに賢く割り切れない」

「馬鹿だなぁ。俺は生前の家族も恋人も友人もすっかり忘れて今を生きてるよ。そんなもんなんだよ。地上の人間はどうせあと数十年しかこっちで生きれないんだから、死んだ人間のこといつまでも引きずってるなんて人生がもったいないよ」

俺が返事に詰まっていると、花韮は立ち上がって背もたれにかけていたローブを手に取った。全身を見てようやく気がついたが、Tシャツと細身の黒いパンツの上に着物を羽織っている。甚平の上半分がパッと頭に浮かんだ。前衛的だが、花韮の雰囲気と独特な髪型が合わさると「こういうファッションなんだな」と妙に納得できる。

「俺は君のことは何も知らないから的外れな意見かもしれないけど、地上の人間は地上の人間らしく前向きに生きるべきだと思うよ。死んだ人間からしたら生前のことなんて本当にどうでもいいことだからさ」

もともと俺に返事は期待していないのか、花韮は伝票を手にさっさとレジへ向かった。その後ろ姿に、「的外れどころかど真ん中だよ」と内心で悪態をついた。





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