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サングラム  作者: 國崎晶
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俺と時を進める勇気3




八月五日、水曜日。夕方、バイトから帰ってきた俺は、ベッドで寛いでいる江戸川を見つけた。彼は漫画から顔を上げて「おかえり」と言う。

「お前暇そうだな」

「そんなことないぞ。今日は想い出探しに行ってきた」

「よすがに任せっぱなしだもんな、普段」

江戸川は起き上がると漫画を閉じた。俺は財布とスマホを机に置いてイスに座る。癖でそのまま脚を組んだ。

「オレ今日相楽さんに会ったぞ」

「えっ、どこで」

「バイトの帰り道。駅前で見かけたから声かけた」

「お前、まさかふわふわ飛んていっていきなり声かけたんじゃないだろうな」

「さすがのオレもそこまで馬鹿じゃないぞ!ちゃんと駅のトイレで具現化してから声かけた」

「やれば出来るじゃないか。何話したんだ?」

俺は無意識に脚を組み替えて尋ねた。実は一昨日、風子の仕事が決まってから何でも屋を訪ねたのだが、相楽さんは留守だったのだ。あまり大所帯で行くと迷惑だろうと、風子と二人で先日の礼と就職の報告を伝えに行った。店に相楽さんの姿はなく、何故か虫取り網を手にした女の子がいたので、要件を簡単にメモに書き相楽さんに渡してもらえるようお願いして帰った。直接礼を言えなかったのは非常に残念である。

「この間のお礼言っておいたぞ。一昨日行ったとき会えなかったんだろ?」

「ああ、留守だった。相楽さん、何て?」

「全然いいよって。風子の仕事が決まったのもおめでとうって言ってたぞ。あの人いい人だな」

「そうだな。あの人が死んだら神様の仕事代わってもらえ」

「確かに向いてそうだ。たぶんあの人頭もいい」

「いや、自分が頑張る!とか言えよそこは」

「人には向き不向きがあるからな。なんとも言えん」

江戸川はそう言ったが、こいつはこいつで神に向いているとは思う。こいつは前に神様は見守るのが仕事だと言っていた。こういう平和主義でのほほんとしている奴が案外適任なんじゃないだろうか。

「一応恭也から連絡も来てるみたいだぞ」

「えっ、そうなのか。風子のとこには何も来てないって言ってたのにな」

「相楽さんを通して状況確認をしてるみたいだな。と言っても相楽さんのところにも一回しか連絡来てないらしいけど」

「あいつとことんプライド高いよな。ほんとは気になってるくせに」

「相楽さんも、何かあったら自分が対応するからとりあえず見守っていろって伝えてくれたって。あの人味方でよかったな」

「同感だ。あの人が栗生の肩持ってたら、今頃風子も連れ戻されてただろうからな。あんまり頼り過ぎも良くないんだろうけど、いざとなったら頼れる人がいるっていうのも安心感があるよな」

「そうだな。オレ達じゃ助けてやれないことがたくさんある」

迅速に住む場所が決まったのも、大人の力というよりは何でも屋という仕事の力なのだろう。詳しい仕事内容はわからないが、あの仕事をしていて俺達を理解してくれているというのは、何より強力なカードだと思う。

「そういやお前、人呼ぶ時にちゃんとさん付けできたんだな。いつもいきなり呼び捨てで呼ぶじゃねーか」

「え?そうかな。まぁオレからしたら現世の人達はみんな年下だからなぁ」

「まぁそりゃあそうなんだろうけど」

「それにオレ、相楽さんの下の名前知らないし……」

「名刺貰っとけばよかったな。ネットで検索しても店の電話番号とか出てこないし」

「オレ今からサッと行って貰ってこようか!?」

「いや、いいよそこまでは……」

勢い良く立ち上がった江戸川は、そう言われてまたベッドに腰掛けた。まぁ隣町に住んでるんだしまた会う機会もあるだろう。名前も連絡先もその時聞けばいい。

階下から俺を呼ぶ声が聞こえて、俺は立ち上がってドアから首を覗かせた。見ると、階段の下に立っている母親がエプロンを巻きながらこちらを見上げていた。

「今から夕飯作るけど、あんた今日はうちで食べるの?」

「ああ。今日何作るの」

「餃子にするつもりよ」

最近頻繁に外食をしているから、母は夕飯の有無を確認するようになった。外食と言っても、みんなで風子の家に行って持ち寄った飯を食っているだけだ。生活用品を揃えたり、就職の話し合いをしたりと、風子の家に集まる機会も多かった。

俺はドアを閉めて、ベッドの縁に腰掛けてこちらを見上げている江戸川に声をかける。

「今日夕飯餃子だって。お前の分なさそうだけどどうする。買いに行くか?」

「行く!」

江戸川はぴょんと立ち上がると財布を手に取った。この間洋服を買い揃えてからはTシャツにズボンの姿でいることが多くなったが、夏休みに突入してからはあのビラビラの和服をついに見ることはなくなった。やはりTシャツの方が楽なのだろう。バイトの帰りに見かけたということは洋服だっただろうから、相楽さんもよくこいつだとわかったものだ。洋服を着ているとそこら辺にいる若者と変わらない。

「俺も行くよ。夕飯できるまで暇だから」

「じゃあいつもと違うコンビニ行こうぜ!たまには!」

江戸川はそう言って勢い良くドアから飛び出した。反対に、俺はゆったりとドアを開ける。すると目の前に目をキラキラさせた江戸川が浮いていた。普段俺の周りをうろつくかバイトに行くかくらいしかやることがないから、暇だったのだろう。

俺は台所に寄って母親に「コンビニ行ってくる」とだけ告げると、江戸川を追って外に出た。




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