俺と時を進める勇気2
いつか江戸川を待ったフードコートで、俺はスマホを弄って暇を潰していた。風子が面接に向かってから五十分。そろそろ帰ってくる頃だろう。
「二人とも、遅いね。わたし見てこようか?」
「このくらいかかるもんだろ。江戸川の時もこんなもんだったぞ」
いつも風子にくっついている悠葵ちゃんだが、今は俺とお留守番だ。代わりによすがが風子についている。道すがら作戦を立てたが、結局よすがが耳打ちした言葉をそのまま言うのが手っ取り早いと決まったのだ。俺達にしか使えないスペシャルカンペである。面接官が視えない人間なら不正ではない。
「風子ちゃん大丈夫かなぁ。心配」
「八歳に心配されるとは風子もまだまだだな」
「だって風子ちゃんすっごくドジなんだもん。わたしがついてなきゃ」
「今はよすががついてるから安心しろ」
俺の目線の高さで暇そうに浮いていた悠葵ちゃんは、ゆっくりとこちらを振り返った。
「よすがさんはしっかりしてるもんね。風子ちゃんより小さいけど、風子ちゃんよりお姉さんだね」
「そうだな。まぁ仕事してるしな。つーか、実際俺らより年上なのかもな。あいつの年齢知らねぇし」
「文太郎さんと同じくらいかなぁ?」
「見た目的にはそんなもんかな。二十歳くらいだろ」
悠葵ちゃんは再び俺に横顔を向け、意味もなく俺の周りを一周した。ゆったりと漂うように一周して、俺の目の前に戻り、またこちらを向く。
「よすがさんはわたしと仲良くなりたくないのかなぁ?和輝さんはどう思う?」
「どういうことだ?」
「わからないけど。なんだかよすがさんとは仲良くなれない気がするの」
悠葵ちゃんはそう言って困ったようにちょっと首を傾けた。子供だからこそわかるものなのだろうか。よすがはいつか悠葵ちゃんを天界に連れて行かなくてはならないと意識している。そのいつかとは、悠葵ちゃんが悪霊になるまでだ。
俺は悠葵ちゃんの問いに「あいつは真面目だからな」とだけ返した。
その後すぐ、こちらへ近付いてくる風子とよすがの姿に気がつく。風子は俺達を見つけると小さく手を振った。
「お待たせ、悠葵ちゃん、和輝君。待っててもらってごめんなさい」
「風子ちゃんお疲れ様!」
悠葵ちゃんはスッと風子の隣へ移動した。風子は安心したような微笑みを見せる。俺はそれを横目で捉えつつ、ほんの半歩だけ俺達から離れていたよすがに声をかけた。
「面接、どうだった?受かりそうか?」
「そうですね、アルバイトの面接ですから、そんなに難しいことは聞かれませんでした。店長殿が対応してくださって、かなりざっくばらんな調子で進みました。風子殿は真面目な印象を与えたでしょうし、私は合格すると思いますね」
「へぇ、喋りやすそうな感じだったのか」
風子を見上げてそう尋ねると、彼女はこくんと縦に頷いた。
「すごく打ち解けやすい人だったよ。お友達みたいに喋ってくれて」
「初めての面接ですし、堅苦しい方じゃなくてよかったですね」
「うん、よすがちゃんもありがとう。わたし一人だったらきっと緊張で頭の中が真っ白になってたと思う」
「お役に立てて光栄です」
俺は立ち上がると「んじゃ、さっさと帰るか」と言った。それから「やらなきゃいけないこと他にもあるしな」と続ける。
これから生活用品の調達に行く。家具は揃っているが真っさらな部屋にスマホ一つで飛び込んできた風子は、今日までギリギリ人並みの生活をしていた。さすがにいろいろと買い足して行った方がいいだろう。とりあえずこの近くのディスカウントストアで調理器具や風呂用品、文具やハンガー等の小物まで、一気に集めてしまうつもりだ。
歩き出した俺に三人が着いてくる。ちょっと進んでから、俺は歩みを緩めて風子の隣に並んだ。風子は気にしていないようだが、よすがと悠葵ちゃんは霊体なので周囲からは俺が風子を引き連れてる微妙な姿に映るのだ。
明日から八月。去年の一月に起こった校舎半壊事件が未だに尾を引いていて、今年の夏休みも少し削られている。壊された校舎の修復作業に時間を要しているのだ。使えない教室が多くあり、授業が当初のカリキュラムの通り進まない、その皺寄せが夏休みにきている。
空調の効いたスーパーから一歩外に出ると、ムッと暑い空気が押し寄せてきた。駅の向こうのディスカウントストアまでですら地獄のような距離に感じる。
この二日後、八月二日。家にいた俺に風子からメッセージがきて、手芸用品売り場のアルバイトとして採用されたことを教えてくれた。




