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サングラム  作者: 國崎晶
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俺と時を進める勇気




結論から言うと、よすがのバイト先の花屋は手が足りていた。つまりアルバイトは募集していない。俺のバイト先のファミレスはけっこうサバサバした雰囲気なので、風子には向かないと判断した。江戸川のバイト先のスーパーは、売り場によってはゆったりとした雰囲気らしく、社会経験ゼロの風子でも馴染めるのではないかと結論づけた。

江戸川によると、雰囲気が合いそうなのはおばちゃんおばあちゃんが多い売り場らしく、それは手芸コーナーと婦人下着コーナーらしい。幸いどちらもアルバイトの募集をしていたので、さっそく申し込んでみた。その面接がまさに今日なのである。

「き、緊張するね」

テーブルの上にペラリと置かれた履歴書を前にして、風子はそう言った。フローリングの上に正座である。対して正面の俺はあぐらを組んで寛いでいる。

「まぁ、やるだけやってみるしかない。安心しろ、アルバイトなんてごまんとあるから、落ちたってなんてことない。気楽に行こうぜ」

そう答えたところでよすががやって来た。窓や壁からではなく、玄関からである。なんでそんな人間らしいことをしているのかというと、荷物を持っているからだ。

「失礼いたします」

「おー、おかえり」

「おかえりなさい、よすがちゃん」

「おかえりー」

靴を脱いで部屋に上がったよすがに、俺、風子、悠葵ちゃんが挨拶をする。よすがは四角いテーブルの唯一空いている一辺に腰掛け、手にしていた紙袋を風子に差し出した。

「思いの他すんなりと貸してくださいました」

「ほんと?よかった〜……。よすがちゃんありがとう」

「へぇ、どういう気で協力してくれてるんだろうな」

よすがはこちらを向いて、理解不能だという風に小さく首を振った。

「お返しするとき、わたしも一緒に行って瑞火ちゃんにお礼言うね」

風子は着の身着のままで家を出てきた。神……いや、相楽さんから貰った二十万円で、とりあえず何着か服を買った。このクソ暑い時期に替えの服がないなんて地獄だ。近くの激安服屋ファッションセンターいまむらで、とびきり安いTシャツを何枚か入手した。だがいくらアルバイトといえども、Tシャツで面接には行かないだろう。仕方がないので大名から服を借りたのだ。白いブラウスとシンプルなネイビーのスカートだ。事情を知っている女子が大名しかいなかったのである。

「もうあまり時間はありませんし、とりあえず着替えましょう」

よすがが立ち上がったのを見て、俺もそれに倣った。悠葵ちゃんは残して二人でアパートを出る。晴れすぎている日差しが暑いので、俺達は自ずと玄関のドアに背を預けた。屋根があるから日陰になっているのだ。

「大丈夫かな、風子のやつ。あんなに緊張してて」

「まぁ、やってみるしかありません。駄目そうなら私がこっそり耳打ちしましょう」

「そうしてやってくれ」

頭が固いクソ真面目かと思っていたが、意外と俗っぽい言葉を使う。ダメそうなら、とか。意識しているのか江戸川の前ではあまり言わないが。

「江戸川様も今頃心配されているでしょうね」

「そうだな。あいつは自分の仕事ぶりを心配した方がいい気もするけど」

「失礼な。江戸川様の最近の働きぶりは素晴らしいものですよ。先輩の手を煩わせることもなくなりました」

「え、何、お前あいつがバイトしてるとこ見に行ってんの?」

「時間がある時に定期的に報告に伺っています。それに、江戸川様がお困りの場合はすぐに手助けできるように」

「仲がいいことで。めでたいな」

「めでたいのはあなたの頭では?」

「はいはい」

俺とよすがは同時に黙った。そこかしこから聞こえてくる蝉の声がうるさい。ジージー鳴くたびに気温が上がるような気さえする。俺達は黙ったまま晴れた空に浮かぶ真っ白な雲を見上げた。暑い。

件の江戸川は現在バイト中である。基本的に土日の昼間にシフトに入っているが、今日は代行での出勤だ。バイトの一人がインフルエンザにかかったらしく、そいつが抜けた一週間のシフトをみんなで埋めているそうだ。今日は四時から閉店の九時まで働く予定らしい。

俺は手持ち無沙汰にポケットに手を突っ込んでスマホを取り出し、ロック画面で時刻を確認した。四時きっかり。面接は四時半の約束だ。早めに着こうと思ったら、そろそろ出発した方がいいだろう。

「遅いな。着替えってこんなに時間かかるもんか?」

「何か手間どっているのでしょうか」

「かもな。いつも袴かワンピースだからな、あいつ。悪いけど、ちょっと見てきてくれねぇか?」

よすがは頷くと、さっそくドアをすり抜けた。しかし顔を突っ込んだところで、内側からドアが開く。危うくぶつかりそうになった俺は反射的に一歩下がった。風子の「わっ!」とよすがの「ひゃっ!」が重なる。

「ごごごごご、ごめんなさいよすがちゃん。びっくりさせちゃって」

「いえ、私こそ申し訳ありません。時間がかかっているようなので様子を見に伺おうと」

「ごめんなさい、待たせちゃって。あの、あんまり着ない服だから変な感じがして」

そう言いながら風子はドアの陰から出てきて、後ろ手にパタンと閉めた。肩の辺りで浮いている悠葵ちゃんが「全然そんなことないって言ってるのに信じてくれないの!」と頬を膨らませた。

「変ではありませんよ。お似合いです」

よすがが励ますように言う。風子はもじもじと顔を上げた。白いシンプルなブラウスに、少しタイトめのAラインの膝丈スカート。若いOLがしてそうな格好だ。目立つのは見慣れない服装というより、ミスマッチな白髪だろうか。

「そう思いますよね、朝波氏」

よすがはそう言ってこちらを振り向いた。目で「似合っていると言え」と伝えてくる。風子の黄緑色の瞳が不安げに俺を見つめた。

「あー、そうだな……。いいと思うぞ。Tシャツより真面目に見える」

俺の答えによすがはこっそりと息を吐き、風子は照れ臭そうに微笑んだ。




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