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サングラム  作者: 國崎晶
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俺と自分を好きになるための一歩17




放課後、帰宅する為に裏口から敷地外へ出る。この学校は裏口のすぐ側に下駄箱と駐輪場所があるので、正門ではなく裏口を使って登下校するのが一般的だ。正門を使うのは来客時か、そちら側に家がある生徒だけである。最寄り駅へも裏口の方が近いので、「門」と言うと正門ではなく裏口を指すのが生徒達には普通だった。

俺は裏口から出て、一つ目の角を右に曲がって、心臓が飛び出るほど驚いた。曲がってすぐの塀に背を預けて、栗生が立っていたのだ。思えばよすがと初めて会ったときも同じように待ち伏せされていた。

「おわっ!な、なんだ、びっくりさせるなよ」

「昨日は世話になったなぁ、クソガキ。それから自称神様よ」

その表情は世話になったと全く思ってなさそうだった。そんなイライラされても困るぞ俺は。

「恭也!昨日はすまなかったな、キツいこと言っちまって」

「風子はどうした?相楽に聞いたら独り暮らしを始めたと言っていたが」

「そうなんだよ。風子独り暮らし始めて、今すごいやる気に満ち溢れてるんだ。あ、心配しなくても大丈夫だぞ。近くにオレ達もいるし、アパートの玄関に鍵も……」

「おい、ちょっと静かにしろ」

そう言うと、幽霊はクエスチョンマークを浮かべながらも素直に口を閉じた。俺の家の近くでオートロック付きのアパートなんて、ネットで検索すればすぐに絞れるだろう。せっかく独り暮らしを始めたのに、居場所を兄貴に突き止められたら風子が可哀想だ。

「で、わざわざ何しに来たんだよ、こんな所まで。風子の様子を聞きに来たのか?」

たくさんの生徒が俺達をチラ見して追い越してゆく。話が長くなるなら場所を変えた方がいいか?いや、こいつと長話をする気はないのだが。

「あいつが独り暮らしなんて出来るわけないだろう。まともに社会に出たこともないのに仕事ができるのか?相楽に聞いても居場所は教えてくれないし、心配するのも当然だ」

「……まぁ、お前の言ってることはわからんでもない」

風子が無事に仕事に就いて生活費を稼げるのか……生活できたとして、詐欺などに引っかかりはしないか……正直不安は山程ある。

「でもせっかく独り立ちする気になってるんだから、今はそっと見守るのがいいんじゃねーの?そもそもあんたに嫌気が差して出て行ったんだから、あんたの考え方が変わらない限りこっちも風子の家を教える気はねーよ」

独り暮らしはやる気でどうにかなるものじゃない。しばらくは誰かが風子の事を気にかけて面倒を見る必要があるだろう。それはもちろん俺達が買って出るが、もしも栗生が考えを改めたらこいつにもサポートさせてやるのは悪くない事だと思っている。

「嫌気が差すとか文句があるとか、そんなことは関係ねぇんだよ。あいつに一人で生活する能力がないんだから、俺が保護してやるしかねぇじゃねーか」

「えぇ……何こいつ……マジで何もわかってねぇのかよ……」

「違うぞ、恭也。そんな風に世話してやってるって気持ちを押し付けるから、風子も余計に思っていることを言いにくかったりするんだ。恭也だって風子に助けられている部分はあるだろ?」

俺はちょっと心が挫けかけたが、幽霊は一生懸命説得しようとしている。すごい、さすが神様だ。栗生に届くかは知らんが。

「あいつ、お茶汲みくらいしかできねぇぞ。助けられた部分なんてないな。それに、そもそもあいつの能力は俺がいないと発揮できないんだ。助けられるどころか助けてやってる事ばっかりだ」

「恭也がずっとその態度なら、オレ達だってもう話すことも教えることもないぞ」

さしもの幽霊も変わらない栗生の態度に眼光を鋭くした。

「オレ昨日も言ったよな。後悔してからじゃ遅いって。恭也はどうせそのうち帰ってくるとか楽観的に考えてるのかもしれないけど、もしかしたら本当に二度と恭也の前に姿を現さないかもしれないぞ。あの時自分が変わればよかったって思う日が来るかもしれない。もう一度言うけど、後悔してからじゃ遅いんだよ。……自分の悪い所を認められたらもう一回来い。それまでは風子に会う資格はない」

幽霊はフッと高く浮くと栗生を一瞥して、そのまま俺の家の方に飛んで行ってしまった。俺と栗生だけがその場に残される。

「……なぁ、あんたに聞いときたいことがあるんだけど」

「何だ?説教なら聞かねぇぞ」

「あんた、悪霊に会ったことあるか?」

そう聞くと、栗生は幽霊が飛んで行った方に目を向けた。

「急に不安になってきたか?」

「風子が言ってたんだよ。お前は悪霊を見た事があるから幽霊が嫌いなんじゃないかって」

栗生は虚空から俺に視線を移し、俺は逆に栗生が見ていた方を見上げた。

「なるほどな。あいつにしてはちゃんと考えたな。そうだよ、俺は昔浮遊霊が悪霊になる瞬間を見た」

「その瞬間を見たのか?」

俺達の視線はようやく合って、お互いの表情をまともに見ることができた。

「子供の時だ。小学校の二年生の時だった。近所のゴミ捨て場の横にいつも男の霊がいる事に気がついていた。俺が視える人間だと気付いて、少しずつ挨拶を交わすようになり、やがて世間話をする仲になった。その日の放課後、いつも通り声をかけた俺の目の前で、その霊は急に悪霊になった」

「…………」

「輪郭が陽炎みたいにゆらゆら揺れて、身体の中からどす黒い霊子が出てくるんだよ。驚いてる間にただの黒い塊になって、ニョキニョキ手足が生えて俺を見つけて近付いてくるんだ。すごく気さくだった人だから、襲ってきた時はショックで何も考えられなかった」

「……その後どうしたんだ?襲われたら、勝てないだろ」

「ばあちゃんが助けてくれた」

「おばあさんが?」

「ばあちゃんは強い除霊師だったんだ。そんな素振り見せたことなかったから、俺はその時始めて知ったけど。普段は田舎に住んでて、その日はたまたま遊びに来ていた。ばあちゃんがいなければ俺はあの時死んでたな」

栗生はフッと視線を外して足元を見た。だがそれも一瞬で、すぐにまた俺の顔を見て話を続ける。

「俺は子供の頃ばあちゃんから霊子の扱い方を教わった。俺の両親は視えない人間だから、妹を守ってやれるのはお前だけだって」

「お前が風子を大事に思ってることはなんとなくわかってたよ。たった一人の家族だって言ったこともまぁ本当のことだろうなとは思ってる」

俺はガシガシ頭をかいて、その間に言葉をまとめた。

「でもそれってやっぱりちゃんと本人に伝えないと意味ないと思うぞ。死んでから伝えなかったことを後悔するのは遅いって江戸川も言ってたけど、俺は去年好きな人を亡くしてる。十四歳だった。好きって言っときゃよかったって今でも思ってる」

側を通ったトラックが巻き起こした風が俺の前髪を揺らした。それを左手で抑える。すると、背伸びしてナナメに流した前髪を指先で触る水祈の姿がよみがえってきた。

「まぁ、別に風子に一生会うなとか言うつもりはねぇから、歩み寄る気になったらもう一度声かけてくれ」

俺はそれだけ伝えると、栗生を置いて歩き出した。今日は夜風子の家に集まって、就活の作戦会議をする予定だった。幽霊も張り切っているし、よすがも心配している。

幽霊が消えた空を見上げると、雲一つない青空が広がっていた。セルリアンブルーと答えた風子の声を思い出した。

水祈はとてもかわいらしい女性だった。陽だまりのような眼差しも、優しげに微笑む口元も魅力的だった。外側にハネた毛先は愛嬌があったし、声は小鳥のように愛らしかった。

やっぱり伝えておけばよかったと後悔した。




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