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サングラム  作者: 國崎晶
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俺と自分を好きになるための一歩15




俺はスマホをポケットにしまうと、テーブルを囲むみんなの方へ戻った。学校を出てからずっとマナーモードにしっぱなしだったスマホには母からの着信が三件も来ていた。俺は友達と夕飯を食べて帰る旨を電話で報告した。

「もう十時すぎだもんな。そりゃ静江さんも心配するよな」

「まぁ、俺がこんなに遅くなること滅多にないからな」

俺は腰は下ろさずに、そのまま風子に声をかけた。

「何か食い物買いに行くか。近くのコンビニくらい場所知っといた方がいいだろ」

「うん、ありがとう」

風子は一万円札を一枚握りしめると立ち上がった。

「風子殿、現金をそのまま持ち歩くのは危険です。何か袋にお入れになっては」

「そ、そうだよね」

風子はキョロキョロと辺りを見回すが、ついさっき来たばかりの家に都合よく財布代わりになりそうなものは置いていない。彼女は白い封筒から十九万円を取り出すとそれをテーブルに置いて、一万円札を封筒に入れた。

「これに入れて持ってくね」

「そ、そうですね……それなら安心でしょう」

テーブルの上に無造作に置かれたお金を見ながらよすがは歯切れの悪い返事をした。

「わたしも着いてくね」

「悠葵殿。悠葵殿は私達とお留守番していましょう」

ふわりと浮いた悠葵ちゃんだが、よすがに引き止められてくるりと振り返る。

「えー!何でー?」

「死神と出会ったら危ないでしょう。私達と一緒にいてください」

「そっかぁ……」

悠葵ちゃんはしょんぼりしながら、それでも納得した。俺と風子では死神から悠葵ちゃんを守ることができないことはわかっているのだろう。

しかしよすがは、おそらく悠葵ちゃんが悪霊化することを心配してるんだろうなと思った。今日はずっと悠葵ちゃんを気にかけている。そんなにリミットが近いのか。

「ごめんね、悠葵ちゃん。すぐ帰るからね」

俺と風子はさっそく近所のコンビニへ向かった。何でも食べる奴らなので、適当に弁当を選ぶ。ハンバーグ弁当と天ぷら弁当。俺は中華丼にした。それとお茶を人数分と、腹がふくれそうなお菓子を買う。

「明日の分の朝ごはんとか飲み物とか買っとけよ」

風子はパスタにしたようだ。レジで会計を済ませ、アパートへ向かう。五分も歩けば到着する。食料には困らないだろう。後日この辺のスーパーの場所も教えよう。

「和輝君、今日はありがとう」

「そんなたいしたことしてねーよ。まぁこんな結果になるとは思わなかったけど」

「うん、わたしも思わなかった」

手に提げたレジ袋が歩くたびにガサガサと鳴る。風子の歩みはゆっくりだ。

「勢いで出てきちゃったけど、勢いって大事なときもあるんだね。わたし、いつも自信がないし、考えすぎちゃうし、一人じゃ何にもできないと思ってたけど……今は、これからがすごく楽しみなの」

涼しい夜風が吹いていることに気がついた。風子の短い前髪をサラサラと撫でている。

「今までの分までやりたいことやればいいよ」

「うん。またみんなで遊びに行こうね」

「そうだな」

「わたし、次は花火大会に行きたいなぁ。よすがちゃんは浴衣似合いそうだね。それから秋にはみんなで紅葉狩りをして、冬はお鍋を作って食べよう。みんなでしたら絶対楽しいよ」

風子はいつになく口調を早めて言った。ワンピースには少しミスマッチなスニーカーが歩く速度をほんの少しだけ早めた。

「心配か?この先のこと」

「そんなことないよ……。……ううん、本当は不安。でもそれ以上に頑張りたいって気持ちの方が大きいの」

「初めてのことだらけなんだから不安になって当たり前だと思う。困った時はいつでも俺達を頼ったらいいし」

「えへへ、ありがとう。少しずつできることが増えたらいいなぁ」

「すぐ増えるだろ。お前頑張り屋だし」

「そうかなぁ?」

道の延長線上にアパートの姿が見えてきた。風子がそれに目を向け、そのまま視線を上に移す。俺もつられて空を見上げたら、雲一つない綺麗な夜空だった。

「楽しみだね。明日から」

「そうだな。友達、できるといいな」

「できるかなぁ」

「できるだろ。仕事するんだろ。たくさん出会いがあるよ」

「そうだといいなぁ」

風子がふっと俺を振り返った。月の光が風子の髪に歪な輪っかを作っている。

「和輝君、ずっと友達でいてね」

目尻を下げてふんわりと微笑んでそう言った。レジ袋がガサガサと音を立てる。

「そんなこと、言われなくても当然だろ」

「えへへ、ありがとう。わたし和輝君達と出会えてよかった」

スニーカーのつま先が踊るように進む。幽霊達が待っているアパートはすぐ目の前だった。





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