俺と自分を好きになるための一歩14
住む場所も決まり、さっそく引っ越しの準備である。と言っても、風子に事務所に戻る気はないらしい。彼女の手荷物は本当にスマホ一つだけで、明日の着替えどころかこのままじゃ今日の夕飯を買う金もない。
「戻りたくないのはわかるけど、ある程度の生活必需品は必要だろ。俺が取ってこようか?」
「ううん、それは和輝君に悪いもん。自分でなんとかするよ」
とは言っても、風子は俺達意外に頼る人もいないだろう。どうやってなんとかするって言うんだ。
「まぁとりあえず現地に行って考えるか?家具は揃えてくれてるのなら、とりあえず早急に必要なのはご飯だよな?」
「そうだな。飯なら俺達で当分はなんとかしてやれる。とりあえず仕事が見つかるまでは協力しないとな」
俺達の会話を見守っていた相楽さんが、移動することに決まったからか声をかけてきた。
「もう行くなら車で送ろうか?この人数だとぎゅうぎゅうだけど」
俺達はありがたくそのお言葉に甘えた。助手席に幽霊が乗り、後部座席に俺とよすがと風子が並ぶ。相楽さんの車は黒色の普通車で、三人並んでも思いの外余裕があった。
夜の街を車で駆け抜け、たった今から風子の家となるアパートに到着する。俺達は礼を言って車を降り、アパートを見上げた。タイミングよく玄関の自動ドアが開いて、中年の男性が出てきた。こちらを見て笑顔を浮かべながら近づいてくる。
「ああ、相楽さん、お疲れ様です」
「ごめんね、無理言って」
「全然構いませんよ。やっつけ仕事ですが、掃除も一通りしておきました」
男性がそう言い終わった時、自動ドアから作業服を着た男性が二人出てきた。手に清掃用品を持っているのを見ると、おそらく部屋の掃除をしてくれていたのだろう。用具の片付けの為か、彼らはその後も数回出たり入ったりした。
相楽さんは少しだけ男性と話し込み、最後にまた礼を言った。男性と作業員はアパートの駐車場に停めてあった車に乗り込むと去っていった。
「お待たせ。鍵も預かっておいたよ」
相楽さんは風子に二本の鍵を手渡した。パッと見た感じ同じ形なので、一本はスペアキーだろう。
「僕はもう帰るけど……君達はまだここにいる?」
「ああ、部屋も見ていきたいし、夕飯もまだだから」
幽霊はそう答えると、ぺこりと頭を下げた。
「相楽さん、本当にありがとうございました」
「いいよ、これくらい。気にしないで。風子ちゃんにもいい機会だし」
幽霊に続いて、風子や俺達も頭を下げる。この人がいなきゃホームレスだったんだから、しっかりお礼を言わなければいけない。
「相楽さん、何から何まで、本当にありがとう。わたし、頑張ってみます」
「風子ちゃんも今まで窮屈だっただろうから、これからは伸び伸びやったらいいと思うよ。その分だけ自分のことは自分でしなきゃいけないけど、 好きに生きるって楽しいよ。頑張って」
俺達は最後にもう一回お礼を伝え、「就職で困ったらまた頼ってね」と言って相楽さんは帰って行った。本当にただただいい人だった。
俺達は二階に上がり、鍵を開けて、ドキドキしながらドアノブを引いた。こじんまりとした玄関。入ってすぐの目の前は壁で、真横に二メートル程の短い廊下が伸びている。その途中にドアが二つ、先にドアが一つ。
「えっ、何か思ってたよりめちゃくちゃ広いな!」
「す、すごい、豪邸だよ」
何故か本人を押し退けて真っ先に入った幽霊と、ドキドキとワクワクを表情に溢れさせた風子が感動の声を上げる。豪邸という程ではもちろんないが、独り暮らしには中々広そうないい部屋だろう。
手前のドアは洗面所。洗面器の隣に洗濯機も設置してある。その奥は風呂場。二番目のドアはトイレ。廊下の先のドアはダイニングキッチンだった。入って左手にはベランダもある。右手に引き戸がついており、開ると二周りほど小さい部屋がもう一つあった。独り暮らしには十分以上である。
キッチンの横には冷蔵庫が置いてあり、近くには電子レンジまであった。二つ目の部屋のベッドには、新品の布団が敷いてある。いたれりつくせりだ。
「すごい、本当にすごいね!」
「やったね風子ちゃん!今日からここに住めるんだよ!」
「うん、一緒に頑張ろうね、悠葵ちゃん!」
部屋の中を見回している間、風子は感動しっぱなしだった。悠葵ちゃんも嬉しいのか、ニコニコしながら風子の周りを飛び回っている。
契約手続きを諸々全てすっ飛ばしての入居だが、契約内容はどうなっているのだろう。俺は独り暮らしをしたことがないので詳しくはないが、部屋を借りる時に身分証明書を提出したり保険に入ったり契約金を払ったりするはずだ。
ダイニングキッチンの中央に設置されていたテーブルの上に、書類を入れるような大きなサイズの茶封筒が置かれていた。契約書でも入っているのだろうと後回しにしていたが、風子の感動もある程度落ち着き、ようやくそれに手を伸ばした。
「契約には全然関わりませんでしたけど、どうなっているんでしょうね」
よすがは封筒の中身が気になるらしく、そう言った。早く中身を確認したいのだろう。
「開けてみるね」
封筒の中には賃貸借契約書が入っていた。契約者の欄には風子の名前ではなく【相楽蓮太郎】と書かれている。誰も気にしていないようだが、もしかして今後の家賃を払ってくれるつもりなんじゃないだろうか。みんなを不安にしてしまうだろうから、俺は何も言わないでおいた。車も高そうなものだったし、あんなボロい店だけど相楽さんは相当なお金持ちなのかもしれない。
それから、物件の管理会社と大家さんの名前と連絡先等が書かれた紙が一枚。相楽さんの名前で加入している火災保険の詳細が一枚。そして、少し分厚めの白い封筒が出てきた。
「なんだこれ、お手紙か?」
「どんだけ分厚い手紙だよ」
風子が封筒の中を覗いて「えっ!」と声を上げた。パッと顔を上げて俺と目を合わせると、また封筒を覗いて「えっ!」っと言った。
「どうした、何が入ってたんだ?」
「うわあー!お金がいっぱい入ってるよ!」
幽霊と悠葵ちゃんの声が重なった。そんな大声で中身を暴露されては、風子もみんなに見せるしかない。封筒の中身を取り出し、そっとテーブルの上に置いた。二十枚程の一万円を五人で見つめる。
「……あ、お手紙も入ってる」
空っぽになったと思われた封筒は、再度覗き込むと小さなメモ用紙が入っていた。風子はそれを引っぱり出して音読する。
「ええと……仕事が見つかるまで大変だと思うから、当面はこれで暮らしてね。引越し祝いです」
「どんな引越し祝いだよ」
「相楽さんってお金持ちなんだなぁ」
二十万円は俺達から見ればどう考えても大金だ。さすがに手を付けにくかったが、手を付けないと生活できない現状は事実。
「今はありがたく受け取っておこう。返済できる余裕ができたら返す。そうじゃないと、相楽さんも受け取りにくいだろ」
「そうですね。これを基軸に生活を安定させましょう。まずは仕事を見つけることが先決です」
俺の言葉によすがもそう続けた。ありがたい、とにかく今は風子にこの金を使うことを納得させなければいけない。
「そっか……。でもやっぱり申し訳ないね……」
「それでも、今日の夕飯を買う金だってないんだから、頼るしかない。恩返しは独り立ちしてからだ」
「そうだよね……」
状況は風子だって理解しているのだろう。彼女は心苦しそうな顔をしていたが、「ありがとうございます」と言って手を合わせると、お金を封筒にしまった。
「そういえば、誰一人として相楽さんの連絡先聞いてなかったけど、聞いときゃよかったな」
「そうですね。ここまでしていただいたのなら改めてお礼をいいたいところです」
「まぁまたみんなでお礼言いに行こうぜ!」
幽霊の言葉に俺達は頷いた。




