俺と自分を好きになるための一歩13
「相楽さん、わたし、お兄ちゃんに頼らず生きていくことに決めたんです」
意を決してそう言った風子に、相楽さんは「うん、いいんじゃない」とゆるく答えた。
「栗生はガミガミうるさいし、風子ちゃんにやる気があるんだったら家を出るのもいいと思うよ」
「ほんとですか?反対されたらどうしようって思ってたんですけど……」
「僕が反対することでもないしねぇ。僕も風子ちゃんくらいの時に独り暮らし始めたけど、気楽でいいよ。おすすめ」
相楽さんの言葉に風子はほっと息を吐いた。普段否定ばかりされていて、自分の思っていることを口にするのが怖い風子だ。この人くらいゆるっと何でもかんでも認めてくれるのが今の風子にはちょうどいいだろう。
「はい!質問!」
風子の隣の幽霊が身を乗り出してビシッと手を上げた。ビラビラした袖が風子の髪をかすめる。
「何でも屋っていうのは、お願いしたら何でもしてくれるのか?」
「うん、だいたいのことはするよ」
「じゃあ、風子に住む場所を用意してやることもできるのか?」
「できるよ。すぐにした方がいいのなら今すぐに用意するけど」
「え!今すぐにできるのか!?」
「まぁ一時間もあれば用意できるよ」
「すげぇ!」
幽霊はグッと上体を伸ばすと俺の方に顔を寄せてきて、ヒソヒソ声でこう言った。
「頼めば何でもしてくれるんだって。神様みたいな人だな」
俺は「お前が言うな」という言葉をグッと飲み込んで、「そうだな」と返した。
「でも、仕事はどうするの?除霊師の仕事を続ける?それとも別の仕事にする?」
相楽さんはテーブルの上に放り出してあったスマホを手に取ると、何やら操作しながらそう尋ねた。
「除霊師のお仕事は、わたしには難しいかなと思ってて……。もともとわたしに除霊の力はないし……」
「あ、そうなんだっけ。じゃあ転職した方がいいね。学校は行く?学校行きながら生活費稼ぐのけっこう大変だと思うけど」
「学校は……」
風子は続きを躊躇して俺の方を見た。パチリと目が合う。俺が制服姿だったからだろうか。
「……行ってみたいけれど、まずは一人で生活できるようになってからにします」
「たしかにそれがいいかもね。学校って別に何歳でも入れるし」
ここで、今まで黙って成り行きを見守っていたよすがが口を挟む。
「あの、失礼ですが」
そう声をかけたよすがは、相楽さんが顔を上げるのを待ってから続けた。
「住む場所を用意していただくのには、依頼料はおいくらくらいかかるのでしょうか?」
よすがの質問に固まったのは幽霊だった。どうやら料金のことを全く考えていなかったらしい。商売なんだからそりゃ金取るだろ。相楽さんは神様みたいな見た目はしてるが実際神様ではない。
「うーん、別にお金はいいかなぁと思ってたんだけど……」
相楽さんの答えに、幽霊と風子だけでなく俺も「えっ!」と声を上げた。
「住む場所探すくらいそんなに難しいことじゃないし……。知り合いだしね」
「そ、そんな、お金はちゃんと払います。あの、……分割払いで」
「まだ仕事も見つけてない子からお金取れないでしょ。それに僕さ、昔身知らずのクソガキに泣きつかれてアパートを用意してあげたことあるんだよね。そいつを助けて知り合いの風子ちゃんを助けないのって何かおかしくない?」
相楽さんはそう言って笑った。なんてこった、神様って本当にいたんだな。
「相楽さん、ありがとうございます。でも、お金はいつか返しますね。そうじゃないと申し訳ないです」
「その方がスッキリするならそうしたらいいよ。風子ちゃんはどの辺に住みたい?」
「わ、わたしは……みんなのお家の近くがいいなぁ」
そう言って風子は俺達を振り返った。
「オレ達も風子が近くに住んでたら嬉しいぞ!」
「何かあったらお互い助け合えますし、私も賛成です」
二人に続いて俺も「まぁいいんじゃねーか?」と呟いた。
「みんなはどの辺に住んでるの?」
「全員野洲高の近くだよ」
「野洲だと……すぐに借りれる部屋が三つあるよ」
「三つも!?」
幽霊が嬉しそうに声を上げる。相楽さんは彼にスマホを渡した。その三つの中から勝手に選べという意味だろう。だが幽霊はスマホの使い方がイマイチよくわからなくて、画面を見てしばらく悩んだ末、そのまま俺にパスした。
スマホを受け取った俺は、画面に三件のアパートが表示されているのを確認した。おそらく野洲で検索してあるのだろう。三件とも俺の家からはそこそこ近い。徒歩十五分圏内ってところだ。俺は立ち上がると、二人掛けのソファーの後ろに回り込んで、幽霊と風子の間で背もたれに肘をついた。俺の席からは風子は遠すぎる。
「うちから一番近いのはここだな。駅に近いのはこっち」
「和輝君の家に一番近いところがいいなぁ。よすがちゃんもすぐ近くにいるし」
「じゃあここにしよう!近い方がいいに決まってるからな!」
「ここだと……二階の角部屋だな。良さそうじゃん」
俺の家から徒歩五分。二階だと防犯面で良さそうだし、角部屋の方が霊達は出入りがしやすいだろう。割と新しめのアパートらしいし、外見もキレイだ。気になったのか、悠葵ちゃんもふわりと飛んできて画面を覗き込んだ。
「相楽さん、わたしこのお部屋にする」
風子は相楽さんにスマホを返してそう宣言した。瞳がキラキラしていて楽しそうだ。今は新生活への不安よりワクワクの方が勝っているのだろう。
「おっけー。じゃあちょっと電話してくるから待ってて」
相楽さんは立ち上がると店の裏へ続く通路に消えた。