俺と自分を好きになるための一歩12
風子が「何でも屋 朱雀店」に行ったのは子供の頃らしく、俺達はそうとう道に迷った。マップアプリでもインターネットでも検索にヒットせず、風子の記憶を頼りに歩き回り、ようやく到着した頃には九時前になっていた。
「ご、ごめんね、みんな。たくさん歩かせて。疲れたよね?」
「いえ、大丈夫ですよ、風子殿。私達は飛べますから」
「俺は飛べないんだけど?」
よすがの遠回しなディスりに律儀にツッコミを入れて、古臭い木造の店を見上げる。二階のベランダの柵の部分にで筆を使ったような書体ででかでかと【何でも屋 朱雀店】と書かれていた。
「けっこう遅い時間だけど、まだやってるのか」
木造の引き戸は上半分が磨りガラスになっていて、室内の明かりがぼんやりと浮かび上がっている。
「相楽さんはここの二階に住んでるんだよ」
「えっ!こんなボロ屋に?兄貴の同級生ってことはまだ二十代だろ?」
「一回だけお部屋に上げてもらったことあるけど、二階はかなりリフォームしてあるんだよ。普通のお家と一緒だった」
「なら外側もリフォームしろよ……」
外見もキレイならもっと客も入りやすいだろうに。こういう「いかにも」みたいな雰囲気の店は正直尻込みしてしまう。
「じゃあさっそく入るか」
幽霊は相変わらず何も考えてなさそうな顔で、店に近づき引き戸に手をかけた。ボロい引き戸はガラガラとうるさい音を鳴らしながら、それでも意外にもスムーズに横に滑る。
「こんばんはー!」
目の前に出てきたのは無人のでっかいカウンターで、その背は壁になっていて店の中が一望できない。幽霊は奥に向かって大きな声で挨拶をした。相変わらずこいつの怖いものなさには感嘆する。
「いらっしゃい」
奥から現れたのは背が高い銀髪の男だった。彼は引き戸で団子になっている俺達を見て微笑んだ。
「あんまり遅いから迎えに行った方がいいかなとも思ってたんだけど」
たぶんこいつが栗生の同級生の相楽さんだろう。前に風子はこいつのことを「美人」だと表現したが、俺は「究極に整っている」と感じた。彫刻が喋っているようで何だかリアリティがない。あと脚がめちゃくちゃ長い。何食ったらそんなスタイルになるんだ?
「オレ達が来るって知ってたのか?」
「うん。栗生に連絡もらったから」
相楽さんは壁の時計を見上げて「もう一時間以上前だけど」と付け足した。
「行き先がわかってたから追ってこなかったのですかね」
よすがの推測に俺も幽霊も同意した。
「あの、相楽さん、お久しぶりです。わたしのこと覚えてますか?」
「覚えてるよ。風子ちゃんもよくこの店の場所覚えてたね。一、二回しか来たことないでしょ?」
「はい。あの、すごく道に迷いました……」
風子の答えを聞いて相楽さんは笑った。それから店の奥へ俺達を案内する。
「まぁとりあえず座りなよ。こんなにたくさん来ると思わなかったから座る場所が足りないけど」
未だに入口で固まっていた俺達は、案内されてようやく店の中へ足を踏み込む。でかい本棚と観葉植物の前を通り過ぎ、来客用であろうソファーとテレビの前までやってくる。二人掛けと一人掛けのソファーは合わせても四人分しか席がない。俺達は相楽さんを入れると五人いる。
「私、立っていますのでいいですよ。みなさんで」
「それならわたしが立ってるよ、よすがちゃん」
「いや、お前がメインなんだから座っとくべきだろ。こいつが代わりに立っとくから安心しろ」
「えっ、オレ!?いやまぁ全然いいけど……」
「江戸川様でなくあなたが立つのが普通では?」
俺達のやり取りを見ていた相楽さんは、「もう一個くらい探せばあるよ」と言ってすぐ側のドアを開けた。中はどうやら応接室らしい。彼はそこから小さな丸椅子を持ってきた。布の柄を見るにどうやら応接室のソファーとセットのものらしい。椅子の背丈は低いが、値段は高そうだ。
とりあえずよすがが丸椅子に座ることになって、一人掛けのソファーに俺、その隣によすが、その隣の二人掛けに幽霊と風子、そして俺の正面の一人掛けに相楽さんで状況は落ち着いた。ガラス製のローテーブルには、相楽さんが淹れてくれた紅茶が点在している。
「なんか家出したって聞いたんだけど」
相楽さんがそう切り出し、風子を見た。彼は栗生の友人だ。もしかしたら栗生の肩を持つつもりかもしれない。俺はまだ完全には信用しないとぞと心に決めた。