俺と自分を好きになるための一歩11
よすがと悠葵ちゃんを拾って駅に行くと、駅のロータリーのベンチでに風子と幽霊が並んで座っていた。幽霊がこちらに気付いて大きく手を降る。
「風子ちゃん!どうしたの?大丈夫?」
すっかり目を赤くしている風子の顔を、悠葵ちゃんが覗き込む。
「悠葵ちゃん……。ごめんね、心配させちゃって。わたしは大丈夫だよ」
「うそ。だって大丈夫な人は泣いたりしないもん」
風子はハッとして、止まっていたはずの涙を堪えた。ズズズッと大きく鼻水をすすって、手の甲で目尻の涙を拭い、震える唇で「わたし、悔しい……」と呟いた。
「本音で話せばきっとわかってくれるって思ってた……。わたし、甘かったね。悔しいよ……」
風子の声はだんだん涙声になり、涙は手の甲じゃ拭いきれなくなった。両手で顔を被って声を殺して泣き始めた風子に、よすがはそっとハンカチを差し出した。
風子が泣き止むまでたっぷり十分。みんな何も言わずに待った。栗生が追いかけてきたらどうしようかと思ったが、それもなかった。あいつは今何を考えているのだろうか?
「ごめんね、みんな、こんな情けなくて……」
「そんなことないぞ。みんなそんなこと全然思ってない」
幽霊の慰めに、俺もよすがも悠葵ちゃんも頷いた。風子は「ありがとう」と応え、ハンカチをポケットにしまいながら「洗って返します」とよすがに言った。
「これからどうする?」
水祈の家で大名とひと悶着あったせいで、そもそものスタートダッシュが遅かった。現在夜の七時を少し過ぎたところ。いくら夏といえども、そろそろ空も暗くなる。
「相楽さんのところに行く」
「それって前に話してた、事務所を用意してくれた人か?」
「うん。お兄ちゃんの高校の頃の同級生で、南鳥市で何でも屋っていうお店をやってるの」
「何でも屋ねぇ……」
「なんか不思議な店だな!」
「私は怪しさを感じますが……」
理解に苦しむ顔をしていたのか、俺とよすがに向けて風子は一生懸命こう言った。
「相楽さんはいい人だよ!いつも優しくしてくれるし、お兄ちゃんの態度にも怒らないし。きっと助けてくれると思う」
「まぁここでこうしてても仕方がねぇし、とりあえずその相楽さんのところに行ってみるか」
さっきまでうっすらと明るかったのに、あっという間に真っ暗になった空を見上げる。まるで誰かが帳をおろしたようだ。ロータリーの時計は七時二十分を指していた。
「ほんとに一人で暮らしてくのか?」
空が急に暗くなったからだろうか、それとも何でも屋に行くと決めたからだろうか。途端に不安になり、ついそう聞いてしまった。だが幽霊とよすがの顔を見ると、この二人もそう言いたかったらしい。
「うん。お兄ちゃんに頼らず生きていく。もう決めたよ」
「仕事とか、大変だと思うぞ。まだ十七だし」
「お兄ちゃんだって十七の時から働いてたよ。わたしにもできるよ」
風子はそう言ってまっすぐに俺を見上げた。
「……そうか。まぁお前ができるって言うんならできるだろ」
独り立ちの時なんだろうな。風子は今まで兄貴に「何も出来ない木偶の坊」ってレッテルを貼られて生きてきた。そのせいで極度に自信がない内向的な性格になってしまったようだが、実際に一人で生活してみたら自分が思っていたよりも出来る事が多くて明るくなれるかもしれない。それに、兄貴に頼っていない自分という存在がわかりやすく感じれるだろう。
「悠葵ちゃんもいるし、それに困ったらちゃんと和輝君や文太郎君やよすがちゃんに相談するよ」
「ああ、それがいい」
「いつでも頼ってこいよ!」
風子はポケットからスマホを取り出した。
「お財布も家に置いてきちゃったから、今これしか持ってないけど……。なんとかなるよね。わたしだってやればできるよね」
「きっと大丈夫!わたし応援するよ!一緒にがんばろう!」
悠葵ちゃんに励まされて、風子は立ち上がった。幽霊が先陣を切ってエスカレーターへ向かい、風子もそれについていく。俺達は何鳥市にいる風子の知り合いに会いのところへ向かった。