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サングラム  作者: 國崎晶
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俺とこいつの共通点3




約束は約束だから、俺はこれからこの幽霊野郎に付き合ってやらなければならない。放課後、普段生徒が使用する裏門ではなく正門を出た所。俺はスマートフォンを耳に当てて立っていた。

「で、お前はどこに行きたいんだ?」

話し相手はスマホの向こう側ではなくもちろん目の前の幽霊だ。こいつの観光とやらに付き合ってやるには、少なからず会話をしなければならないだろう。このスマホは人のいる場所で幽霊と話すための苦肉の策だ。これなら幽霊に向かってぶつぶつ話してたって周りから怪しまれない。

「そうだなー。とりあえずあっちに行こう。和輝の家と反対の方角!」

幽霊は着物の袖を翻し、右の道を指差した。もっと彦根城とか琵琶湖とか見たがるのかと思っていたが、そんなあやふやな感じて進むのか。まぁ俺も案内したい場所なんて無いし、こいつの意見に従うことにする。

「どこでもいいけど、あんまり遠くには行かないからな」

「安心しろ!気が済んだらちゃんと帰る!」

その気が済むっていうのがどの程度でクリアできるのかわからないから不安なんだよ。俺は生まれた時からずっとここに住んでいるが、圧倒的インドア派なのであまりこの土地に詳しくない。道に迷った場合スマホで地図検索すれば何とかなると踏んでいるが……。観光が目的ならツアーとかに潜り込んだ方が効率いいんじゃないか?

とにもかくにも歩き出した俺達。しばらく歩くと駅が見えてきて、幽霊は新幹線に乗ってみたいと騒ぎ始めた。生憎この駅は西日本旅客鉄道のものなので新幹線には乗れない。そう説明してやると、幽霊は普通の電車で我慢すると言った。仕方がないので一人分の切符を買い、タイミングよくやって来た快速電車に乗り込んだ。

「すっげー速いな!あっという間に日本一周しそうだ!」

「こんな速さじゃ日本一周なんてできねーよ。お前のとこには電車も無いのか?」

幽霊は窓に張り付けていた顔をこちらに向けると首を横に振った。

「いや、電車はあるぞ。でもこんなに速くない。これの半分くらいの速さだ」

「お前のとこは移動するのも大変そうだな。俺が行くまでにマシになってりゃいいが」

「天国では自分の住んでる地域から出たがる人あんまりいねぇからな。そりゃ旅行とか行く時もあるけど」

俺はその説明に「ふーん」とだけ返した。天国の住人は旅行にも行かずに何百年も生きて楽しいのか?まぁ決めた一箇所からあんまり出たくない性格の俺にはピッタリかもしれないが。

行き先も決めずに電車に乗ったのだが、彦根城の話をしたら行きたいと言われたので、俺達は彦根駅で降りることになった。彦根駅を出て駅前の大通りをしばらく歩く。俺は晴天の下を少し歩いただけでぐったりしたのだが、逆に幽霊はどんどんテンションを上げていた。約十五分ほど歩き、ようやく彦根城に到着する。

入場料を見て俺は驚いた。大人料金が六百円もする。城なんて全く興味ないのに六百円も払うなんて馬鹿馬鹿しい。しかも城の中に入れるのは夕方五時までらしい。もう四時過ぎだぞ。

「おい、城の周りだけでいいだろ。玄宮園なら二百円らしいし」

隣の幽霊にそう言うと、幽霊は「えー!」と大ブーイングを放った。

「せっかくだから城の中も入ろうぜ!ここまで来たのにもったいねぇよ!」

「払う金の方がもったいねーよ。つーかあそこ見てみろ。天守までゆっくり歩いて九十分だと。今からじゃ間に合わねーよ」

幽霊はまだぶーぶー言っていたが、城の内部に入れないのに城の周りを歩いても意味がないとごり押しし、何とか入場料を二百円に抑えることができた。こいつは金の大切さをわかっているのだろうか。俺の財布には金が無限に湧いてくるなんて機能はついてないんだぞ。この二百円も電車賃も、週末に俺が時給千五十円であくせく働いて稼いだものなのだから、少しは遠慮してほしい。

「よし、さっそく中に入ろうぜ!」

受付で入場料を払い、さっそく中へ入る。幽霊はぴょんぴょんと跳ねるように先へ行ってしまうが、ある程度離れると俺の隣に戻ってきた。幽霊って体力の概念はあるのだろうか。腹が減るくらいだから疲れだって感じるはずだろう。単にこの自称神様が元気なだけなんだろうな、たぶん。

玄宮園の閉園時間も五時までなので、この時間では帰る人の方が圧倒的に多い。だが、閉園間際の方が人が少なくていいかもしれない。

園内は丁寧に管理されていて、青々しい葉が目についた。池の水面には周りの風景が映り込んでいる。俺はその景色を見て、綺麗だなという月並みな感想を抱いた。情緒とか趣とかは俺にはよくわからないが、静かな雰囲気は好みだった。

園内に入ってから急に大人しくなった幽霊に目を向ける。といっても、幽霊は俺の一歩前にいるため表情は見えないのだが。奴は川を越えた先にある彦根城をぼやっと眺めていた。

「どうした?」

「……いや、桜が植えてあるんだなぁと思って」

幽霊の隣に並んでそう尋ねたが、奴は城に目を向けたままそう言っただけだった。彦根城に視線を向けると、もう葉桜にこそなっているが確かに桜の木がたくさん植えてある。

「お前ここに来たことあるのか?」

「わかんない」

「わかんないって何だよ」

「って言われてもわかんねぇもんはわかんねぇんだよ〜」

俺はその歯痒すぎる返事にため息をついた。わかんないわけないだろ、こいつの記憶力は大丈夫なのか?俺がもう一度ため息をつこうとした時、幽霊がこちらを向いてニヤッと笑った。

「和輝、あっちの方も見てみようぜ!」

そう言うやいなや、一人で駆けて行く幽霊。俺は先程つき損ねたため息を吐き出してから、ゆっくりとその後を追った。

こいつが前にここに来たのはいったいいつなんだろうな。だが、観光がしたいなんて理由で仕事放り出して遊びに来ているくらいなのだから、前に来たのがいつでも不思議ではないだろう。何せ死んだのは百十年ほど前だと言っていた。百十年もあれば世界旅行が何周できるだろうか。

「和輝!ちょっとこっち来てみろ!」

十メートル程先にいる幽霊がこちらに向かって腕をぶんぶん振っている。腕を振るたび袖がバシンバシンと顔に当たっているが、気にならないのだろうか。どうやら奴は草陰で気になる物を見つけたようだ。俺はそこに向かうべく気持ちだけ足を早める。

「何だよ」

「ここ見てみろ、ここ」

幽霊が指を指すので植木の陰を覗き込んでみたら、縞模様の猫が俺の顔を見ていた。今にも後ろに飛び出しそうなポーズをしていて、明らかに警戒している。

「猫なんて探せばそこら辺にいるだろ」

俺が身体を起こそうと少し動いた瞬間、猫は後ろに跳ねてあっという間にどこかへ行ってしまった。幽霊ががっかりした顔でその姿を見送る。

「でも猫っていいよな。癒される」

「そうかあ?俺はどっちかというと犬派だからな」

「犬もいいが猫もいい。いや、やっぱ猫がいい!」

こんな所で犬派と猫派の争論を始めるつもりは無い。俺は幽霊の息巻いた言葉を適当に流し、スマホで時刻を確かめた。

「なぁ和輝、そろそろ別のとこ行こうぜ」

「別のとこってどこだよ。さっきも言ったが天守には入れないぞ」

「琵琶湖とか行きたい」

悪びれもなく言う幽霊に、俺はポカンと口を開けることしか出来なかった。いったい何を言っているんだこいつは。俺はここを見終わったら家に帰るつもりだったのだが。というか、金払って入ってるのにここはもういいのか?まだ二十分も見ていないぞ。

「これから行くつもりか?」

「いいだろ?まだ明るいし」

「俺もう疲れたんだけど……」

「和輝は体力ないな!運動しようぜ運動!」

午後四時三十分。俺達は玄宮園を出て琵琶湖を目指した。スマホで検索したら、彦根城から琵琶湖まで徒歩で一時間弱かかるらしい。超絶インドア派であり、体育のバスケでは決してボールを追うことはせず、マラソンでは歩いているのと同じくらいの速度しか出さない俺は、この情報を見て失神しそうになった。

「ほんとに行くのか?一時間だぞ一時間」

「もう向かってるんだからぐちぐち言うなよ。まだ五分しか歩いてねぇぞ?」

「正確には七分だっつーのボケ。お前は飛べるからいいけどな、俺はそうはいかねーんだよ」

「オレだってちゃんと歩いてるぞ、ほら」

そう言って幽霊は足を大きく動かしてみせた。

「でも一時間歩いたくらいじゃ疲れねぇぞ」

「お前の体力は無尽蔵かよ」

「和輝がへっぽこ過ぎなんだよ。おじさんおばさんでも一時間くらい平気で歩くぞ」

耳に痛い話はスルーすることにする。おじさんおばさんは暇だから歩いてんだよ。俺は暇じゃないから体力作りなんてしてる時間ないんだ。だが、今後もこの調子で振り回され続けたらさすがに俺の命が危ないぞ。過度な運動による心停止や突然死の可能性が出てくる。

「見てみろ和輝、彦根城が見える」

「あー、そうだな」

「やっぱ城には入らなくてよかったかもな」

「そうだな」

「早く琵琶湖見たいな!」

「まったくその通りだぜ」

「じゃあ走ろうぜ!」

そう言うなり勢い良く駆け出す幽霊。ぶんぶんと両腕を振りながら、動きにくそうな軽衫を足にまとわりつかせて走ってゆく。俺は遠くなってゆく背中を見送りながらゆっくりと歩いた。

その後、幽霊は俺の側に戻って来たり、また駆け出したり、しばらくして戻って来たりを繰り返しながら、琵琶湖への道を歩き続けた。周りには色とりどりの花が咲き、春の空気も気持ちいいが、俺にはそれを感じている余裕は一切なかった。

辺りが薄暗くなってきた頃、俺と幽霊はようやく琵琶湖の岸辺に到着した。夏でもないこの時期、こんな所にいる人は全くと言っていいほどいなかった。たまに近所の人らしきオッサンが散歩しているくらいだ。ほとんど無いに等しい波が、規則的に砂浜を濡らしていた。

「どうだ、琵琶湖は。海じゃないから正直言ってイマイチだろ」

他の県の奴から言われると滋賀県民としてはちょっとイラッとするが、俺達だって本音はそうだ。湖だから波もないし、何より水が汚い。だが俺達滋賀県民は、アピールポイントが琵琶湖くらいしかないから実物を見てあまりがっかりされたくないのだ。

「おい、何か言えよ」

反応がないので隣を見てみると、幽霊は玄宮園の時と同じようにぼーっと水平線を眺めていた。静かだと、何だか別人みたいに見えて気持ちが悪い。

「何が見えるんだ?」

「はっきり言って何も見えねぇ」

「だったらぼーっとしてんなよ。どうしたのかと思うだろ」

「すまん。何か見えないかなって思ってたんだ」

幽霊は唐突に近くに落ちていた棒を拾うと、砂浜に落書きを始めた。だが書いている場所が最悪で、書き始めた途端に波にさらわれて消えてしまう。幽霊が書きかけては消されてを何度も繰り返しているので、俺はついにその背中に声をかけた。

「おい、そんなとこに書いたら消えるに決まってんだろ。もっとこっちに書けよ」

「そうだな。でも、オレはここに書きたいんだ」

幽霊は文字を書きながら背中で答えた。案の定、書きかけた文字は波で消えてしまう。俺は仕方なくその背中に近づいた。

「何て書きたいんだ?」

「わからない」

「はあ?わからないって何だよ。つーかじゃあ今書いてるのは何なんだよ」

幽霊は上体を起こすと、波にさらわれた文字を見下ろしながらこう答えた。幽霊の下駄の歯は水を含んだ砂浜に埋もれていて、足袋は少し濡れていた。そうか、こいつ今実体化してるんだなと思った。そうじゃなきゃ砂浜に文字を書けない。

「何か書きたいことがあるんだ。でも何て書いたらいいかわからない」

「…………」

「思い出せそうなんだけど、その鱗片が見えると消えちゃうんだ。この文字みたいに」

幽霊は何度か棒の先で砂浜を突いた。しかし、その跡さえもすぐに消えてしまう。

俺は今のこいつの言葉に何も言えなかった。俺はこいつじゃないのに、こいつの気持ちが痛いほどよくわかった。忘れているんだ。いろいろなことを。消えてしまったんだ。大切なことが。それを思い出そうと、もがくほど苦しい。

幽霊はぽいっと棒を放った。棒はほとんど音を立てずに水面の下に沈んでいった。ビュウッと強い風が吹いて、こちらを振り返った幽霊の着物が大きくはためいた。俺は、この時のこいつの顔が、何故だか許せなかった。

「何かさ、いっぱい忘れてる気がするんだ。それを一個一個思い出せたらいいよな」

眉をハの字にして笑うこいつが許せなくて、俺はその両肩を思い切りどついた。びっくりしながら尻餅をついた幽霊は、ケツと袖を浸水させながら口をポカンと開けて俺を見上げた。

「湿っぽいのお前に似合わねーよ」

俺は次の衝撃に備えて腰を落としたが、立ち上がった幽霊のタックルに呆気なくひっくり返った。背中と靴の中に水が染み込んでくる。

「お返しだ!」

そう言ってニカッと笑った幽霊も、俺と一緒に倒れ込んだせいで更に水浸しになっていた。

「ならそれにお返しだボケ!」

相手の肩を掴み身体を捻りながら突き飛ばすと、浅瀬で盛大な水しぶきが上がった。幽霊がまるでお化けみたいに立ち上がる。

「はは、よかったな、天パがストレートヘアになったぞ」

指を指しながら笑うと、素早く腕を引っ張られて水面へ引き込まれた。幽霊は「天パなめんなよ!」と言いながら笑っていた。お互いに、もう濡れていない箇所はなかった。

帰り道、どろどろになりながら疲れた足を動かした。幽霊も白い着物を泥まみれにしながら俺の隣を歩いている。が、こいつはどんな格好してたっていい。霊体化したら見えなくなるんだから。全身ぐっしょり泥だらけになりながら川沿いを一人でとぼとぼ歩く俺は、いったい周りからどんな風に見られているのだろう。完全にいじめられている風貌だ。周りの大人が心配するレベルだ。

「やっぱちょっと寒いな、和輝。帰ったら洗濯機貸してくれよ」

「言われなくても洗ってやるよ。その格好で俺の部屋に居座られたら困るからな」

俺は自分の姿を見回してため息をついた。明日も学校があるのにどうすりゃいいんだこれ。セーターは思い切り水吸ってて重いし。

「お前こっち来る時に何で着替えとか持って来なかったんだよ」

「部下の目を盗むのに精一杯だったんだよ。でも仕事は大丈夫だぞ。普段から一番偉い部下がオレの代わりに仕事やってたようなもんだから」

「その部下が可哀想で仕方がないが……まぁお前くらいテキトーな奴がトップの方が平和なのかもな」

「そうだろ?そうだろ?オレに出来るのテキトーくらいだからな!」

「全然すごくねーし褒めてもねーから調子のんな」

俺達はたわいない話をしながら駅へ向かって歩いた。俺の足はもう棒のようで正直一歩も歩きたくなかったが、口を動かして何とかその気持ちを誤魔化していた。行きで「彦根城が見える」という会話をした辺りに差し掛かった時、幽霊の突然の問に俺はも思わず息をつまらせてしまった。

「そういやさ、昼休みに一緒に弁当食ったやつ誰なんだ?後ろの席のやつだろ?」

「……お前の言う通り後ろの席の奴だよ」

一歩前を歩いていた幽霊が、くるりとこちらを向いた。俺は思わず顔を逸らした。

「あいつのせいでオレの今日の昼飯焼きそばパン一個だったんだぜ」

「災難だったな。夕飯は多めに盛ってやるよ」

「じゃあカップラーメンが食いたい!」

「それはダメだ。カップ麺は夕飯が無い時の非常食だ」

「えー。味噌ラーメンが食いたいのに。味噌ラーメン……」

幽霊は突然振り返ったかと思うと、歩く俺の周りを一周した。何がしたいんだ……と呆れたが、こいつは元々突飛な言動が多い。俺は深く考えずに歩き続けた。幽霊は俺の右前を歩いていたのを、左後ろに位置を変えた。

「なぁ和輝。お前後ろの席のあいつ嫌いなのか?」

「何でだよ」

「一週間も見てたらわかる。和輝はあいつにだけ冷たいじゃねぇか。他のやつには気持ち悪いくらいニコニコしてんのに」

「気持ち悪いは余計だ」

円滑な学園生活を送るため、他の奴には適度に愛想を使う。俺は特定のグループには属していないが、そのおかげで必要な時には連れを作ることができている。だが、大名だけは別だ。俺はあいつに愛想よくするつもりは無い。クラス内で露骨に避けているつもりはないが、四六時中俺にくっついているこの幽霊にはバレてしまっていたか。

「何であいつには冷たいんだよ。前に喧嘩でもしたのか?」

「してねーよ。俺とあいつに接点はない」

「接点ないなら他のやつと同じようにニコニコしたらいいのに」

「あいつにだけはしたくないんだよ」

幽霊は俺の真ん前に出て来て俺の顔を覗き込んだ。俺は一瞬びっくりしたが、構わず歩き続ける。俺の身体は幽霊をすり抜けて、幽霊の位置は再び俺の後ろになった。

「家が近いから小さい頃よく近所の公園で遊んでたんだよ。これで満足か?」

駆け足で俺の隣に並んだ幽霊にそう言ってやると、幽霊はまだ不服そうな顔をしていた。

「む~、何だか更に謎が増えた気が……」

「この話はもういいだろ」

俺は幽霊の視線から逃れようと足を早めた。正直、この話はあまりしたくない。

「友達は大事にしなきゃダメだぞ。人生一期一会なんだから」

幽霊の言葉に、あいつとは友達じゃないからと内心で否定した。

電車での恐怖の視線地獄をくぐり抜け、ようやく我が家についたのは七時半過ぎだった。玄関で靴を脱ぐ俺を、リビングから飛び出してきた母が出迎える。

「どうしたの和輝こんなに遅くまで……まあ、何!?その格好」

「いやぁ、まぁ……」

「和輝あんたまさか……」

「ちょっと琵琶湖で友達と青春ごっこしてて」

母親の「いじめられてるんじゃないでしょうね」という言葉を遮る。「友達」という単語に反射的に母の表情は和らいだが、まだ心配そうな顔をしている。

「とにかく、心配してたのよ。メッセージ送っても返事返ってこないし……」

「ごめん、気づかなかった」

電話でなくてメッセージなのは、俺が友人と遊んでいる場合を考えてのことだろうか。何にせよ余計な気の回しようである。

「あんたここ一年くらいずっと真っ直ぐ帰ってきてたから。お母さん実は心配してたのよ。本当にお友達なのね?」

「そうだって。この前家に来たあいつだよ」

「まぁ、文太郎君とだったの。いい?和輝、友達との出会いは一期一会なんだから、大事にするのよ?」

「わかってるわかってる。それより早く風呂入りたいんだけど」

「文太郎君によろしく言っといてね。あの子ちょっと変わってるけどいい子だから」

俺の隣りにいた幽霊がピシッと手を挙げ「はい!いい子です!オレの方こそよろしくお願いします!」と言ったので、俺は露骨に眉をひそめた。俺は通路を開けた母の脇を通って二階へ向かう。

「でも……明日の制服どうしようかしら。今から洗っても……」

「夏用のスボン履いてくからいいよ。セーターも代わりにベスト着ればいいし」

「そうね。じゃあお母さん、明日仕事の帰りに制服クリーニングに出して来るわね」

俺はその言葉に適当な返事をし、上りかけていた階段を上まで上がった。着替えを持ってすぐに風呂場へ向かう。つまむように制服を脱ぎ、洗濯カゴへ放り込んだ。

「和輝ー。オレも早く風呂入りたい……」

「お前は俺の後だ。なるべく急いでやるから我慢しろ」

口ではそう言いつつ、ゆっくりと湯船に浸かった。ドアの向こうから幽霊の急かす声が聞こえてくるが、全部聞き流す。

さすがに今日は疲れた。明日はたぶん筋肉痛だろう。俺は口元までお湯に浸かると、静かに瞼を閉じた。





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