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サングラム  作者: 國崎晶
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俺と自分を好きになるための一歩10




「なんだ、風子。お前が俺に言いたいことがあるのか?いつも自分の意見なんてまるで無い木偶の坊じゃねぇか」

栗生はそう言うと鼻で笑った。風子は踏ん切りがつかずに物怖じした目を俺や幽霊に向けたが、俺達が「大丈夫」と言うように頷くと、こわごわと口を開いた。

「お、お兄ちゃん、あのね」

そう切り出したが、栗生が睨むのでつい視線を逸して、風子は俺の顔を見た。

「大丈夫だ。バスの中で俺に言ったことと同じように言えばいいんだ」

幽霊も風子に声をかけた。

「今日は自分の気持ちを聞いてもらうって言ってただろ」

風子がそちらを向くと、幽霊はニカッと笑った。彼女は改めて栗生に向き直る。

「あのね、お兄ちゃん。わたし、お兄ちゃんのことすごい人だと思うし、とっても尊敬してる……。子供の時からずっとお仕事ばっかりさせてしまってごめんなさいって思ってるし、わたしをここまで育ててくれたことすごく感謝してます。でも、お兄ちゃんをすごいって思うのと同じくらい、わたし我慢してることがたくさんあるの……。聞いてくれる?」

栗生が何も言わないので、風子はそのまま続けた。

「お兄ちゃん、わたし、お友達ができたの。小さい時からずっとほしかった。一緒にいるとすごく楽しいの。わたしのこと認めてくれるの。お兄ちゃんはいつもわたしは一人じゃ何もできないって言うよね。わたしもそうだと思う……。でも、何もさせてくれなかったのはお兄ちゃんだよ。わたしだって自分で木偶の坊を選んだんじゃない。お兄ちゃんがあれもダメこれもダメって言って、わたしには何もできないって決めつけて、ずっとこの事務所に閉じ込めてたじゃない!お兄ちゃんがわたしを否定するから、わたしはずっと何もできないままだよ!」

そう言い切った風子の両目からじんわりと涙が溢れて、スッと頬の上を滑り落ちていった。

風子の素直な気持ちを聞いてどう感じたか……。栗生の表情を見て、俺は心底がっかりした。栗生は先程までと変わらず、眉間に薄くシワを作って不機嫌そうな顔をしている。

「……つまり反抗期か?」

「何を聞いたらそうなるんだ?」

「あれもこれもイヤって時期だろ。あのな、今までお前はどうやって暮らしてきた?俺が一生懸命働いてそのおかげで生活できていたわけだろ?ならワガママ言う権利がお前にあるのか?今まで俺の言うとおりにして上手く行ってたんだから、お前が考える必要ないんだよ」

幽霊は栗生の考えが変わらなかったことに悲しんで、大名はただ腹が立って、風子は半ば絶望して、それぞれが何か言おうと口を開いた。だが、ろくに精査せずに思ったことをついそのまま口にした俺が一瞬早かった。

「何言ってんだよ。上手くいってないから今綻びが出てるんだろ」

「お前みたいな何も知らない第三者が、俺達兄妹の問題に口を出すな」

「お前ら兄妹だけじゃ解決しないから俺達に助けを求めてきたんだろうが」

栗生はゆっくりと立ち上がった。風子の前に出た俺のその前に、立ち上がった幽霊が庇うように立った。しかし、風子はむしろ一歩前に出ると、涙をボロボロ流しながら、手をギュッと握って言った。

「わたし、この家を出る」

「え!?」

「はぁ!?」

幽霊と俺の声が重なる。この宣言には栗生もかなり驚いたようだ。声にこそ出さないが、仰天した表情を浮かべている。

「もう自分を誤魔化していろいろ我慢するのは嫌なの!」

「いい加減ことを言うな!出てってどうするんだ!」

「働くよ!働いて、お兄ちゃんに迷惑かけずに自分だけで生きていく!」

「妄想も大概にしろ!仕事も行くアテもないだろう!」

「相楽さんにお願いするもん!」

「何言ってんだ!出来もしないこと言うな!」

「もう知らない!わからず屋!」

風子は勢い良く後ろを振り返ると、そのままドアの向こうへ走り去ってしまった。栗生は捕まえようと腕を伸ばすが、もともと座っている体勢で動きが遅れ、しかも間に幽霊と俺がいた為、その手が風子に届くことはなかった。階段を駆け下りる足音が遠くへ消えた。

「…………」

一瞬、無音になる。追いかけようか、このまま栗生の説得を続けようか、迷っているうちに大名が口を開いた。

「ふふ、自業自得ね」

「なんだと?」

「あなたを見てると寒気がするのよ。何?その高圧的な態度。ダサすぎ。嫌いなら無視したらいいし、好きならそう言えばいいのに」

大名の口調はキツすぎだが、概ねその通りだと思う。栗生はたった一人の家族として風子のことは大切に思っているとは思う。だがそれを態度に出して言葉にしなければ結局無いのと同じだ。

「私はそうしたわ。嫌いだったから私の世界の外に追いやった。でも関わってきたあの子が悪いのよ」

大名はそう言い切ると、栗生の返事を待たずに入口へ歩いて行き、全く振り返らずに事務所を出て行った。俺と幽霊だけが残られる。

「……まぁ、言い方は悪いけどあいつの言う通りだと思うぜ。お前が少なからず風子のことを大切に思ってるなら、ちゃんとそう伝えることだな」

俺はそれを捨て台詞にして、幽霊に「行くぞ」と声をかけた。風子を追いかけた方がいいだろう。

しかし幽霊は俺の方にちょっと移動しただけで振り返って、栗生にこう言った。

「恭也。オレが死んだのは二十歳だった。人間いつ死ぬかわからない。恭也も、風子も、明日には会えなくなってるかもしれない。気持ちは声に出さなきゃ伝わらないから、心配してるならそう伝えた方がいい。死んでから後悔するのは遅いから」

幽霊も、その言葉に返事を求めてはいなかったのだろう。ほんの一秒間だけ、栗生の表情をジッと見つめて、すぐにドアの方へ向かった。俺もそれに続いて事務所を出る。栗生は最後まで何も言わなかった。反省していればいいのだが。

無言で階段を降りて、そこに風子の姿も大名の姿もないことを確認する。こちらを振り向いた幽霊の顔は、焦ったような困ったような色を浮かべていた。

「風子を探そう」

「ああ、そうしよう」

幽霊はその場で霊体化し、ふわりと宙に浮いた。こんな道のど真ん中で……と思ったが、今は目をつむる。それに、この道は大通りでもないしもともと人通りが少ない。

「おい、風子はさっき誰かにお願いするって言ってた。そいつがどこに住んでるかは知らないが、会いに行くなら駅に向かったんじゃないか?」

「そうかもしれん。素晴らしい推理だ、和輝。オレは先に駅を見てくる。和輝は後から来てくれ」

「わかった。途中で公園に寄ってよすがを回収してくる」

「頼んだ」

幽霊は駅の方を向くと、ピューッと一直線に飛んでいった。障害物を気にせず最短距離で駅に着ける。便利なものだ。

俺はマップアプリを起動して、ここから一番近い公園を探した。悠葵ちゃんが指差した方角とも合致している。

チラッとだけ栗生除霊霊媒事務所の窓を見上げると、俺は地図に従って走り出した。





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