俺と自分を好きになるための一歩9
「なんだ?お前」
「客だけど?」
栗生は目の前にいる大名に眉をひそめ、しかしその後すぐその後ろの風子を見つけた。
「風子!お前連絡もせずにどこほっつき歩いてたんだ!」
「ご、ごめんなさい、お兄ちゃん。連絡しなかったことは謝ります」
大名の脇をすり抜けて部屋の奥へ進もうとした栗生に、身体をずらして大名が立ちはだかる。栗生の顔は瞬時に不満一色となった。背もでかくて目つきも悪い栗生に、よく臆せず立ち向かえるな。肝が座っているというか、心臓に毛でも生えてるんじゃねぇか?
「なんだお前?」
「客だって言ってるじゃない」
栗生が口にした言葉は先程と全く同じだったが、語調は完全に違っていた。今の言い方にはあからさまなイラつきが含まれている。
「なるほどな。さっきの電話はお前か、クソガキ。しかも揃いも揃って……」
栗生は俺と幽霊に目を向けて、「何が客だよ」と付け足した。
「風子の代わりに私達がガツンと言ってやろうと思って。あんた、酷いモラハラ男だそうじゃない」
「言ってることがわからねぇな。言葉の意味しっかり理解してから使えよ」
「言葉は合ってるわよ、理解できないあなたの頭がおかしいんじゃない?あなたは風子の人格を馬鹿にしてきたんでしょう。知ってるわよ」
こいつ、何で着いてきたんだとは思っていたが、よすが以上にバッサリ言ってくれるかもしれん。いや、安全装置がない分よすがよりボコボコに殴ってくれそうだ。
「馬鹿にされるような性格に問題があると思わねぇか?いつもうじうじとナメクジみたいに陰気で、言われないと何もできないんだよ、こいつは。お前は何なんだ?風子の友達のつもりか?」
「違うわよ。会ってからまだ一日も経ってないもの。でもここに来てわかったわ。風子がナメクジみたいで見ててイライラするのは、あなたのせいね」
「会って一日も経ってない奴がこいつの何を知って説教垂れようとしてんだ?」
「会って一日も経ってない私に図星指されて焦ってるの?かっこ悪いわね」
「安い煽り文句だな。会話する気ないなら帰れよ」
「逃げるの?口で勝てないからって。じゃあどうする?頬でもぶってみる?」
こいつ生粋のファイターだ……と思ったところで、幽霊が二人の間に入った。
「まぁ待て待て。恭也、オレ達は今日話し合いに来たんだ。風子のことについて」
「ふん。話し合いを望んでる態度じゃなかったがな。こいつは」
栗生は今度こそ大名の横をすり抜けて、先程まで風子が座っていたソファーにドカリと腰を下ろした。大名はその場で栗生を見下ろしている。幽霊は迷ったが、栗生の正面に座った。立ちっぱなしだった俺の横に、風子がスススッと近づいてきた。栗生と距離を取りたかったのだろう。
「恭也、聞いてくれ。昨日は連絡もなしに風子を連れ出して悪かった。でもしたくてそうしたわけじゃないんだ。昨日風子はお前と喧嘩して、帰りにくそうだったから……」
「喧嘩したら無断外泊してもいいのか。それは天国ルールか?」
「あんたに連絡してもしょーもないと思ったからしなかったんでしょ?そんなこともわからないの?」
「お前は黙ってろよ。今この天パ野郎と喋ってんだろ」
「まぁまぁ」
俺的には幽霊の優しく諭す方法じゃなくて、大名の言葉でボコボコにする方法を推したいのだが……。まぁ、大名の方法じゃ後々風子にも迷惑がかかるかもしれないし、ここは幽霊のやり方に従った方がいいのだろう。
「風子だって恭也を心配させたことは悪かったと思ってるんだ。家に戻りにくかったこと、わかってやってほしい」
栗生が何か言おうと口を開くのと、俺が言葉を発するのはほとんど同じだった。タイミングが悪いことに被ってしまった。
「つうかさ、お前は風子が何で飛び出してったかその理由わかってんのか?朝喧嘩した時に言われた言葉の意味考えたのか?」
「こいつはお前らのような霊と遊びに行くと言ったんだ。止めるに決まっているだろう。それを馬鹿なこいつは逆ギレして出てったんだよ。ったく、誰のおかげで生活できてると思ってんだ。霊と遊びに行くなんてふざけやがって」
「……今思ったけどたぶんお前友達いないだろ」
「あ?」
俺もまぁ友達はいないが。それは言わずに先を進める。
「お前は自分の考えだけを押し付けすぎだ。この世には世界が他人中心で回ってる人間もいるんだよ」
俺は半歩横にずれて、俺の背に隠れるように立っていた風子の姿が栗生によく見えるようにした。
「お前は今まで風子の話をちゃんと聞いたことなかっただろ?その為の機会だから今聞いてやれ」