俺と自分を好きになるための一歩7
さて、俺は配られた麦茶には手をつけずに、幽霊と共にベッドの縁に座って会話が始まるのを待っていた。あとで聞いた話だが、麦茶は普段よすがが作っているらしく、親父さんは娘が家庭的なことをしていると密かに喜んでいるらしい。日中によすがが親父さんの服を洗濯したりリビングを掃除したり夕飯を作ったりしているのも全て娘がやっていると思っていて、それはそれは大層お喜びとのことだ。お前は家に住み着く妖精か何かか。
「それで、あなたは私に何か言うことはある?風子」
麦茶をひと口飲んで、大名はそう切り出した。何て威圧的なんだ。可哀想に、風子はすっかり縮こまっている。
「ごめんなさい、瑞火ちゃん。嘘ついて」
「あなたの嘘なんて最初から気付いてたけどね」
おそらく何て返すのが正解なのかわからなかったのであろう、風子は困ったように眉を下げて黙ってしまった。安心しろ風子、そいつの言ってることに対して正解も不正解もたぶん無いから。
「瑞火様、私からももう一度謝罪させていただきます」
雰囲気を察してよすがが横からそう言った。対応できなくて困り果てている風子に助け舟を出したのだろう。本当にお姉ちゃん気質な奴である。
「謝罪はもう聞き飽きたわ。私は風子の口から何で嘘をついたか説明が聞きたいの」
「えっ、えっと……」
風子は言い淀んで、隣の悠葵ちゃんに視線を向けた。悠葵ちゃんもどうにか風子を助けになりたいようだが、八歳の脳みそではこの場を打開する案は浮かばなかったようだ。風子と同じような困り顔で視線を返している。
「そ、その……み、瑞火ちゃんが、仲間はずれにされたって思って悲しくなっちゃうから……。みんなで海に行ったから……」
風子の答えに大名は鼻を鳴らした。お粗末すぎる嘘である。だが、風子は本当の事が言えなかったのだ。それは俺達が悪いって言ってるようなものだから。そして風子にはこれ以上上手い嘘が思いつかなかった。これが風子の精一杯だったのである。
「なるほど?本当にその理由でいいの?」
「え?」
「よすが達には、私が嫉妬するんじゃないかって懸念して嘘をついたって説明されたけど」
「…………」
風子はついに一文字も音を発することなく俯いてしまった。大名以外の四人はどうにか流れを変えられないかと内心で頭をひねるが、いいアイディアは出てこなかった。そのうち、風子がか弱い声を発する。
「そ、それもあります……」
「こいつらに何て紹介されたかは知らないけど、嫉妬した私に嫌がらせされると思ったわけね」
「あ、あの、瑞火ちゃんは、すごく親切にしてくれて、実際にお話してみたら優しい人でその……安心しました」
風子は言い切った後俯いたまましばらくモジモジとしていたが、大名から何も返事がないのでそっと顔を上げた。色のない表情が自分を見つめていて、風子はさぞかし驚いたことだろう。顔の筋肉をほとんど使っていないような大名の表情は、何を考えているのか全くわからなくて、周りの俺達もヒヤッとしていた。
「もういいわ。喋らなくて」
「えっ、はい……」
「あなたの声、耳障りでイラつくのよ」
再びやり場のない視線を彷徨わせる風子を無視して、大名は俺に目を向けた。逸らすと負けな気がしたので、俺はそのまま睨み返す。
そりゃあ気が付くだろう。これでもこいつは水祈の姉なのだから。たとえ家の中で会話がなかったとしても、それでも気が付かないはずがない。
「これから栗生除霊霊媒事務所に行くんでしょ?」
「おう。風子の兄ちゃんを説得しに行く」
誰も答えなかったので、妙な間が空いて幽霊が答えた。大名は立ち上がるとスカートの裾を払った。
「私も行くわ」
「え!?」
声を上げたのは幽霊だけだったが、俺もよすがも風子も驚きが口から飛び出す直前だった。悠葵ちゃんは口をあんぐりと開けている。
「何でお前まで来るんだよ。関係ねぇだろ」
「関係ないことないでしょう。私は風子を家に泊めたのよ?もう友達と呼んでもよくない?それに、そのお兄さんがどんな人なのか興味が湧いたのよ」
「相変わらずのひでー暴論だ」
「あら、風子は私が友達じゃないって言うの?」
そう言われたら風子が否定できるわけがない。風子の新しい友人を先頭に、俺達はぞろぞろと駅へ向かった。