俺と自分を好きになるための一歩6
俺達三人は水祈の家に向かって歩いていた。俺達三人というのは、もちろん俺と幽霊と大名だ。放課後、ホームルームが終わるなり俺に「帰りましょう」と言った大名を見て、クラスメートの冨永は目を丸くした。もしかしたら俺達の仲が何か進展したと勘違いさせたかもしれないが、それは悪い方への進展である。
ほとんど縦に並んだ状態で無言で歩く俺達を見て、学校を離れてすぐに幽霊が実体化した。息が詰まったのだろう。まるで軍隊の行進みたいな雰囲気だったから。俺的にはどうせ五分ちょっと歩けば目的地に着くのだから、わざわざ実体化して間に入らなくても構わなかったのだが。
「あなた、一日中朝波の側にいるの?」
実体化した幽霊を一瞥して大名が言った。幽霊は俺の隣に並んで歩き出す。先頭を大名が歩き、その後ろを俺と幽霊が並んで着いていく状態になった。
「まぁ、昼間はオレ暇だし……」
「夜は忙しいみたいな言い方ね」
「夜もすることないけど……」
することないわけじゃないだろう。昼間俺の側でふらふらしてるなら木下さんの痕跡でも探せよ。と思ったが、口には出さない。この話はおそらく大名は知らないだろう。
「幽霊って暇なのね。羨ましいわ」
「えへへ……まぁ……」
幽霊はヘラッと笑って頭を掻いた。すげー嫌味言われてんのによくこんな顔ができるな。ちなみに大名はこいつが神様だということも知らない。
「大名は普段学校から帰ったら何してるんだ?」
「別に何も。テレビ見たり、音楽聴いたり、ピアノ弾いたりして時間潰してる」
「大名ってピアノ弾けるのか!」
「子供の頃親に言われて習ってただけよ。今はもうレッスンも辞めたし、そんなに難しい曲は弾けない」
「弾けるだけすげーよ!オレはどこがドなのかもわからねーぞ。大名はピアノが好きなのか?」
「暇つぶしって言ったでしょ。レッスンも親に言われて通ってただけ。親がフルートを習えって言ったらフルートを習ってただろうし、水泳って言ってもそろばんって言ってもたぶんそうしたわ」
「大名の親御さんは音楽が好きなのか?」
「そんなことないと思う。とりあえず子供には何か習い事をさせるべきって思ってただけよ、きっと」
それはおそらくそうなのだろう。大名は親に言われてピアノを習っていた。水祈は小学生の頃フルートを習いたいとお願いしたが、フルートはレッスン料も高いし近場では教室がないからと説明されて諦めたらしい。彼女は結局書道と、小学生時代はミニバスケットボールを習っていた。
「そういえば和輝は何か習ってたのか?今はずっと家にいるけど」
「習い事っていうか、塾に行ってたけど高校受かったから辞めた。バイトもするつもりだったし」
「なるほどな〜。勉強は家でもできるもんな」
「あんた子供の頃サッカーやってたじゃない」
横槍を入れてきた大名に、俺は思わず渋面を返した。いいじゃねぇか別に、本人が言わなかったんだからわざわざ指摘しなくても。
「へーっ、和輝サッカーやってたのか。何かあんまり運動してるイメージねぇけどなぁ」
「合わなかったから辞めたんだよ……。母親に言われて地元のサッカークラブに行ってただけだし」
「そうなのか。でも和輝が通ってる学校ってサッカーの強豪校みたいだし、もし続けてたら和輝も将来サッカー選手だったかもな」
「いやねぇだろ……。汗かくのも走り回るのもしんどい……」
そんな会話をしているうちに、水祈の家が見えてきた。大名が先導して中に入る。幽霊が「お邪魔しまーす!」と元気な声で挨拶して続き、逆に俺は無言で家に上がった。
親父さんが帰宅するにはまだだいぶ早いこの時間、普段だったら家の中は空っぽだろう。幽霊の声を聞きつけて、よすがが正面の階段を降りてくる。
「おかえりなさいませ、江戸川様、瑞火様、朝波氏」
玄関まで降りてきたよすがの目の前をすり抜けて、大名が階段を上がる。その後を幽霊が追いかけ、俺はちょっと待ったがよすがが動かないので幽霊に続くと、よすがはその後を追って階段を上がった。
大名の部屋に入ると、床のクッションに座っていた風子が立ち上がって「みんな、おかえり」と微笑んだ。向かい合って座っていた悠葵ちゃんも俺達に手を振る。霊が見えない大名は悠葵ちゃんに重なるように座ってしまい、悠葵ちゃんが慌てて移動した。
最後に階段を上がったよすがは部屋には入らずドアの所で「何か飲み物をお持ちしますね」と言った。それに大名が「お願い」と返事をし、俺は閉まるドアとよすがの背中を眺めた。