俺と自分を好きになるための一歩4
「申し訳ございません」
大名が去ったあと、よすがが珍しく気落ちした様子でそう言った。
「いや、バラしたの俺だしな」
「いえ、結局ばれるような嘘を提案したのは私ですから」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、嘘の内容を提案したのはオレだ」
俺達三人はお互いの顔を見合わせて、揃いも揃ってため息をついた。食べかけの弁当をつまみながら、よすがが憂い顔で呟く。
「正直、瑞火様が考えていることはよくわかりませんね」
「あれが理解できたらお前は花屋からカウンセラーに転職する事をおすすめするよ」
よすがに倣って俺も食事を再開する。先程までは味がしなかった卵焼きも、砂糖がたっぷり入って激甘だという事が今ならわかる。ちなみに俺はだし巻きの方が好みだ。
「大名怒らせちゃったな。オレ後でもう一回謝っとこうかな……」
「構うな構うな。そんなことより栗生をどうやって説得するか考える方が身の為だぞ。今日説得できなかったら、また今夜も風子の宿を大名にお願いしなきゃならん」
「確かに……」
俺達は大名の機嫌についてから栗生の説得についてへ思考をシフトした。大名なんて関わらなければどんなに機嫌が悪くても構いやしないのだ。そしてその「関わらない」には栗生の説得が不可欠である。
「中途半端な説得は駄目だぞ。風子の肩身が狭くなるだけだ」
「そうですね。私はあの栗生という男のことはほとんど知らないのですが……性格が悪そうだということは伝わっています」
「あいつは傲慢で上から目線でたいした人間でもないくせにいつも偉そうだ。そして風子に自由はない」
「そこまで言わなくても……」
「それは最低ですね。あの男とは一度しか顔を合わせたことはありませんが、横柄な奴だと私も認識しています」
「わかってくれるか。しかもいつも風子を虐げるんだ。やりたいこともやりたいと言えない。ほんとは学校だって行きたいと思うぞ、風子も」
初対面の印象が最悪だったからだろう。俺が栗生の悪口を言うとよすがも乗ってきた。悪口を言い慣れていないのであろう幽霊は、何か言いたげに口をモゴモゴさせながら俺達の話を聞いていた。
「私も、風子殿はもっと自分を表現するべきだと感じていました。本当は考えがあるのに口にするのを躊躇う場面が多々あります。そうさせているのはあの男なのですね」
「そうだ。あんな魔王のような自己中男と暮らしてたから、風子は引っ込み思案になっちまったんだ。しかも栗生はそれに気づいていないし何とも思ってないなんて腹が立つだろ?」
俺は先月悪霊に襲われた日の夜、栗生除霊霊媒事務所の前で栗生と二人で話した時の事を思い出していた。あの日風子は友達がほしいと泣いて、栗生はそれを何てことないとあしらった。風子の切実な訴えを意にも介さないその態度に、帰りの電車の中で腹を立てたのを覚えている。
「私達で風子殿の心中を代弁して差し上げましょう」
「そうしよう。あの王様気取りにわからせてやろう」
俺とよすがは視線でガッと熱く手を握りあった。幽霊は困ったように「オレもがんばるよ」と弱気な声で言った。