俺と自分を好きになるための一歩3
昼休み。俺と大名と幽霊とよすがは、校舎の果ての空き教室で昼食を摂っていた。この教室を普段から使っているであろう生徒達が、鍵の閉まったドアをガンガン引いて不思議そうな声を上げながら引き返して行った。俺達四人は足音が遠くなるのを息を殺して聞いていた。
窓を締め切った部屋は異常に蒸し暑く、着込んでいる幽霊とよすがは傍目にも大変そうだった。そのくせ、カーテンをぴっちりと閉めているので、薄暗く陰気である。
足音が完全に消えて、大名が口を開いた。
「それで?よすがが説明してくれるんだっけ?」
よすがは嘘がバレてバツが悪そうな表情をする。俺と幽霊は自分の手の中の昼食に一心に視線を向けて、なるべく存在を消していた。申し訳ないが今は攻撃がよすがに向いている。
「申し訳ありません、瑞火様。無用な心配をしてほしくないが為についた、私の浅はかな作り事でございます」
「何故そんな必要のない嘘をつくの?あなた私のこと何もわかってないのね。私は別にそんなの羨ましいだなんて思ってないのに。そんなこと、一度も」
よすがはただ「申し訳ございません」と言っただけだった。
「で、海に行こうなんて話は誰がしだしたの?」
誰も名乗りを上げなかったので、大名は俺達の顔をぐるりと見回す。空気に耐えきれなくなってついに隣の幽霊が小さく片手を上げた。
「……オレです」
「そう。幽霊の癖にバカンスなんて呑気なものね。それにみんな賛成したの?よすがが行きたがるキャラには思えないけど」
「いや……。最初はみんな乗り気じゃなかったんだけど、なんだかんだで行くことになって」
「ふぅん。なんだかんだ、ね。だいたいわかったわ。それで四人で楽しく海ではしゃいで、風子が家出中だってわかったのはいつ?」
「帰りの電車……」
「泉町駅に着いたとき」
大名は「呆れた」と言わんばかりのため息をついた。実際その直後に「呆れた」と口にした。
「どうしようもないから一晩だけの宿に私の家を選んだのね」
「その通りです、助かりました」
幽霊がぺこりと頭を下げる。自分に向いたそのつむじを見ても大名は表情一つ変えなかった。
「一晩泊めるくらい別にどうでもいいのよ。うちは住んでる人間も少ないし。でもわざわざ嘘をつかれたことが気に食わないわ。私が風子なんかに嫉妬すると思ったの?知ってたら意地悪して追い払うと思った?」
「いえ……あの……。本当に、瑞火様に余計な心労をかけたくなかっただけで……」
「ふん、見え透いた嘘だわ。あなた誤魔化すのが下手ね。私はね、嘘をつかれるよりハッキリ言ってほしいタイプなの。じゃあ聞くけどその心労って何?私が風子の立場を妬むと思ったってことでしょ?それってよすがは私と風子を比べたときに風子に軍配が上がると思ったってことでしょ?」
なじられたよすがは「いえ……」とか「その……」とか言葉を濁している。たいていはピシャリと物を言ってのけるよすがだが、どうやら二人の力関係は大名に傾いているらしい。
「なぁ」
当惑するよすがを見ていられなくなり助け舟を出そうと、俺は声を上げた。大名だけでなく全員の目がこちらに向く。
「嘘をついたのは確かに悪いと思ってるけど、そんなによすがを責めるなよ。ヒス女怖ぇーんだよ普通に」
そう言うと、大名は口を閉ざして俺を睨んだ。いや、黙っても怖いわこいつ。
「嘘をついた理由はたぶんお前が思ってる通りだし、嘘をついたのは俺達が悪い。他に何か聞きたいことはあるか?」
さっさと会話を終わらそう。そんな気持ちが大名にも伝わっていたかもしれない。大名は依然俺を睨みつけたままだ。
「聞きたいことならあるわ」
「何だ」
「あなた、風子のことはどう思ってるの?」
それを聞いた時の俺の表情にセリフをつけるとしたら、それは「うげぇ」って感じだろう。前によすがに問い詰められた時の事を思い出した。
「何かかわいそうな子」
「同情で助けてあげてるってこと?」
「どうだろう。それもあるかもな」
何か突っ掛かって来ると思ったが、予想に反して大名は黙った。代わりに親の仇でも見るような目を俺に向けている。
「私、あの子嫌いだわ」
「お前が気に入る人間なんてもともといないだろ」
「そんなことない」
大名は弁当はまだ食べかけなのに、箸を箸箱に片付けた。それから弁当箱のフタを乱暴に閉める。隣の幽霊が何だ何だと慌てふためいた。
「あの子、水祈に似てるから嫌いよ。私」
大名は吐き捨てるようにそう言って、勢い良く立ち上がった。イスの脚が床と擦れてギギギッと耳障りな音を立てる。
「ごちそうさま」
大名は弁当箱を巾着に突っ込んで鞄を引っ掴むと、俺達の方をチラリとも見ずに教室を出て行った。引き戸がバタンと大きな音を鳴らして閉まる。
よすがは不安げな顔でドアの方を振り返り、幽霊はホッとして肩の力を抜いた。俺は短いため息をつくと、ドアの鍵を締めるために立ち上がった。