45 秘策
フェリクス王子が率いるチームは、脱落者が一人出たにもかかわらず圧倒的な力で周辺区域一帯を制圧していた。
撃破数一位は学年首席であるフェリクス王子自身。
予選に続き決勝でも、二十を超える撃破数を記録していたが、それは純粋に彼の実力によるものではない。
反撃の目を削ぎ王子が敵を圧倒できる状況を作っているのは、隣にいるロイ・エドウィルドだった。
だからこそ、目の前の光景がフェリクスには色あせて見える。
喜びも自由もない。
ただ、人形のように周囲が望む自分を演じているだけ。
(空しい。ただただ空しい)
だが、それでいいと皆は言う。
そうあるべきだと言っている。
だったら、心なんて邪魔なだけだ。
心を捨てて、感じる痛みを自分から切り離す。
痛みはある。
だが、それは自分ではない別の自分のものだ。
だから、感じない。
何も感じない。
爪が手の肉に食い込む。
血が流れる。
感じない。
まるで感じない。
ロイに誘導され、クラスメイトを殲滅する。
躊躇も慈悲も無い圧倒的な勝ち方。
「残っているのは二チームですか」
ロイの言葉に、フェリクスは言った。
「もう一人、ミーティア・リュミオールもいる」
「一人では、我々の敵にはなり得ない。うまく隠れてはいますが、それもただ逃げ回っているだけのこと。警戒すべきは他の二チームです」
その二チームは共にSクラスのクラスメイトだった。
一チームは一人欠けているようだが、もう一チームは三人全員が生き残っている。
行動範囲を狭めるバリアは半径二十メートルのところまで縮まっていた。
互いに居場所はわかっているが、手を出せば漁夫の利を狙われる三すくみの状態。
「仕掛けます」
「わかった」
最初に動いたのはフェリクスのチームだった。
狙うは、最も警戒すべき三人全員が生存しているチーム。
先に飛び出したロイが電撃魔法で戦線を切り開く。
三人を相手にしてなお、その表情に焦りはまったくない。
魔法障壁を消耗させ、反撃の芽を刈り取ったところでフェリクスの放つ炎魔法がすべてを吹き飛ばした。
ロイが周囲から見えないように起動した補助魔法の効果でその火力は二倍に跳ね上がっている。
何一つさせずに数で勝るチームを蹂躙した二人だが、その背中を狙って残るもう一チームが動いていた。
数の上では二対二だが、状況は奇襲した側がはるかに有利。
息を合わせ攻撃を放つ二人の女子生徒。
不意を突かれたロイとフェリクスは魔法障壁を破壊され、立て直せないところまで一気に押し込まれて――
それから暴力的な力の差で女子生徒二人を一蹴した。
卓越した個人能力と隠し持った魔道具が生み出す力の差は、純粋な駆け引きで太刀打ちできる域を超えている。
(仕掛けてこない、か)
フェリクスは少し意外に思っている。
ミーティア・リュミオールに勝機があるとすれば今の瞬間だった。
奇襲を仕掛けた二人に続き、不意を打って背中を狙い攻撃を仕掛ける。
だからこそ、フェリクスとロイはそこまで先を読み、背後を取られづらいポジションを意識していたのだが。
「タイミングを逸しましたね。隠れることに必死で飛び出す準備ができていなかったか。何にせよ、勝負は決しました」
ロイは言う。
「数の上でも利はこちらにある。正面から確実にすり潰しましょう」
空気に混じるわずかな魔力の気配で、位置関係はおおよそ把握できている。
入り組んだ横穴の奥に隠れるミーティアに向けて少しずつ距離を詰める。
隠れていそうな一角に狙いを定め、ロイが電撃を放つ。
薄暗い一帯が白く染まる。
迷宮がかすかに震動する。
粉塵と崩落した砂礫の落ちる音。
そこに混じる知っている臭いにロイは眉をひそめた。
「迷宮植物の花粉ですか」
無駄なことを、と言いたげな表情。
全身を麻痺させる花粉の罠は、既に一度打ち破っている。
狭く密閉された空間では無く、風通しの良い位置に立つ工夫もしているし、恐れるような必要はまるでない。
ロイとフェリクスは魔法を放ち、安全な位置から横穴の奥を狙う。
最初に異常に気づいたのはフェリクスの方だった。
「臭いが増してないか……?」
「そんなことは」
そこまで言ってロイは唇を噛んだ。
花粉の量が明らかに増している。
「早く仕留めた方が良さそうですね」
ミーティア・リュミオールは何かを仕掛けている。
ロイは目をこらし、ミーティアの罠を看破しようとする。
瞬間、崩落した横穴の奥に広がっていた光景にロイは息を呑んだ。
「あれは……」
そこに広がっていたのは、一面に隙間無く群生する異常な量の迷宮植物。
正気の沙汰とは思えないおびただしい量の迷宮植物が隙間無く空間を埋め尽くすように広がっている。
湧き出る花粉は土煙のようだった。
それは急速に広がって、フェリクスとロイの立つ開けた一角も覆い尽くす。
一刻も早く離脱するべき状況だが、それはできない。
行動範囲はバリアによって制限されている。
「攻撃を! ミーティア・リュミオールを仕留めます」
二人で奥に向け攻撃魔法を放つ。
全身に痺れが回る前に、決着を付けないといけない。
「しかし、この異常な量の濃度。ミーティア自身も無事では」
魔法を放ちながら、呆然と言うフェリクス。
「全身が麻痺して既に動けなくなっているはずです。しかし、それでも彼女は自分を犠牲にして勝利をもぎ取ろうとしている」
ロイは歯噛みして言った。
「彼女の狙いは、ここにいる全員を麻痺させ行動不能にし、両チームの優勝という形でこのチームサバイバルを終わらせること。自分で倒すつもりは最初から無かったんです」
それは考えるだけでも恐ろしい作戦だった。
自分が誰よりも近くで多量の花粉を吸い込みながら、自ら動けなくなることを選択して他チームを巻き込み戦いを終わらせる。
自分を犠牲にした自爆のような戦い方。
しかし、だからこそ恐ろしい。
花粉が充満しきった穴の奥に入ることはできないから、こちらにできるのは遠隔からの攻撃だけ。
頼みの綱である魔力の気配も、迷宮植物の発する魔力とそこにかけられた生活魔法の残滓によってまるでたどれなくなってしまっていた。
入り組んだ地形のどこかで動けなくなったミーティアを仕留めるのは、優秀な技術を持つ二人でも簡単にできることはない。
いつも機械のように冷静なロイの額に汗が滲んでいる。
(すごい……絶望的だった状況から、一人でロイを追い詰めている)
こんなことができるなんて。
しかも、彼女は誰でも使えるような植物を生育させる生活魔法しか使っていないのだ。
最初に膝を折ったのはロイの方だった。
ミーティアを仕留めなければならないと焦った結果、フェリクスより多くの花粉を吸い込んでしまっていたのだろう。
全身が痺れる中、それでも力を振り絞って攻撃魔法を放つ。
しかし、手応えがない。
(俺も限界か……)
身体を支えられなくなり、崩れ落ちるフェリクス。
隣でロイはなんとか魔法を放ち続けていたが、最後には魔法式を起動させることもできなくなって倒れ込んだ。
静かになった迷宮の中。
「やっと倒れてくれたわね」
聞こえた声にフェリクスは背筋に冷たいものを感じた。
動かない身体で身をよじって、なんとか視線を後ろに向ける。
ミーティア・リュミオールがそこにいた。
壁にもたれ、力なく座り込んでいる。
「いつからそこに……?」
「最初からよ。水魔法で薄い壁を張って、光の屈折で見えないように姿を消していた。生活魔法は術式が簡単だから、麻痺してる状態でも扱いやすかったので助かったわ」
「身を隠せない場所にいるはずがないという思い込みを利用した、と」
「そういうこと」
ミーティアは口だけ動かして言う。
「《作物を育てる魔法》をかけまくって迷宮植物を育ててる際も結構花粉を吸い込んでしまったので、私ももう動けないけどね」
「どうしてそこまで」
「友達を守るために、勝たないといけなかったの」
相当疲弊しているのだろう。
それでも、力を振り絞って生活魔法の魔法式を展開する。
「引き分けなんてまっぴらよ。私は常に勝利を取りに行く。決着を付けましょう。《飲み物に入れる氷を作る魔法》」
全身が身体が麻痺している状態でも使える簡素な魔法式。
誰でも使える価値の低い魔法は、動けなくなったロイの身体に降り注いで戦闘不能にした。
「お前は、すごいな」
自然と言葉が漏れていた。
「……脳まで麻痺が回った?」
困惑した声のミーティアに力なく笑ってから続ける。
「本心だ。もうお前には全部知られてるからな。虚勢を張って強い言葉を使う必要も無い」
「なるほど、そういう理由ね」
「不正によるお膳立てで一位だっただけ。本当の俺は何をしても兄には敵わない。王子である以外には何もない」
自嘲するように言ったフェリクスにミーティアは言った。
「何もないなんてことはないわ。性格は最悪だし、女子なのに関係なく叩いてくるし、そのくせ外面は良い最低クソ野郎よ。自己憐憫でなかったことにしようとしないでくれる?」
「……そうだな。最低だ」
「でも、良いところもないわけではない。最悪な性格は裏表がなくて付き合いやすいし、殴ってくる力も私と同じくらいに加減しているのを感じる。外面が良いのも真面目で自分の立場への責任感があるから。結局のところ、貴方は子供なのにがんばりすぎなのよ」
ミーティアは言う。
「ロイ・エドウィルドがお膳立てしていても、貴方に実力が無いとみんなとっくに真実に気づいていたはず。何より、貴方の魔法を見ればわかるわ。貴方はクラスの誰よりも努力してる。しかも、自分のためじゃなくて周囲の人のために。それって結果とか成績よりもずっと価値のあることよ」
「でも、どんなにがんばっても兄には勝てない」
「そんなの、死ぬまで決着なんてわからないでしょ。貴方はまだ子供なんだから。それに、人と比べる必要なんて無い。貴方は貴方のベストバージョンを目指せばいいの。悪いところもあるけど、ちゃんと良いところもあるんだから」
ミーティアは目を細めて言った。
「何もないなんて言わないで。私は貴方のことそこそこ好きよ」
多分、それは自分がずっと言って欲しかった言葉だったのだろう。
ありのままの自分を受け止めて欲しかった。
受け入れてほしかった。
そんなことは許されないと思っていて。
何より、王子ではない自分を受け入れてくれる人なんてどこにもいないと感じていて。
だからこそ、その瞬間奇跡みたいにすべてが色づいて見えた。
小さな角氷に押しつぶされながら、フェリクスは気づく。
(なんだ、これ……)
知らない何かが自分の中にある。
(そこそこ好き……好き……)
うれしいような、気恥ずかしいような、形にならない不思議な気持ち。
生まれて初めて芽生えたそれを何と呼ぶのか、フェリクスはまだ知らない。






